蛮王の新たな誓いと、知恵の限界
スーザンが発動した【大豆経済圏】の構築は、驚くべき速さで成果を上げ始めた。周辺の第三国は、帝国による従来の穀物市場の混乱に巻き込まれる中、トロイセンからの新しい、高品質で日持ちする発酵食品と固形保存食を歓迎した。これらの新しい輸出品は、従来の穀物よりも高単価で取引され、トロイセンの国庫は急速に外貨収入を取り戻し始めた。
帝国が必死になって買い集めたトロイセン産の穀物は、周辺国では既に需要が低下しており、帝国の倉庫には、高値で買い占めた大量の在庫が山積みになるという、【経済的な自爆】に近い状況が生まれつつあった。
しかし、スーザンは勝利に酔うことはなかった。彼女には、まだ解決すべき【二つの重大な問題】が残っていた。
一つは、【水の改革の維持】に必要な物資。硫黄による精錬代替策は成功しつつあったが、上水道の維持に必要な特殊な防腐材や、医療品の原料は、依然として帝国とその同盟国に依存していた。
そしてもう一つは、【火薬の原料である硝石の不足】だ。硝石の人工生成プロジェクトは、着実に進行していたが、必要な量の火薬を供給するには、最低でも半年以上の時間が必要だった。もし、その間に帝国が軍事行動に出れば、トロイセンは旧式の武器と、限られた火薬で戦うことになる。
ある夜、スーザンは硝石生成地での視察から戻り、ロキニアス王の私室のベッドに倒れ込んだ。疲労困憊していた彼女を、ロキニアスは優しく抱きしめた。
「休め、スーザン。貴様はよくやった。帝国の経済の牙をへし折ったのだ」
「王よ……。まだ、勝ってはいません。帝国は、単なる商人ではありません。彼らは、我々を屈服させるためなら、あらゆる手を使い続けるでしょう。硝石の生成は、あまりにも時間がかかります。わたくしの知恵だけでは、時間を買うことはできても、【時間を早めることはできません】」
スーザンの瞳に、初めて【焦燥】と【限界】の色が宿っていた。彼女の知識は万能ではない。自然の化学的プロセスには、どうしても必要な「待つ時間」が存在するのだ。
ロキニアスは、スーザンの不安を全て受け止めるように、力強く彼女を抱きしめた。
「時間を早めることはできなくとも、貴様が稼いだ時間は、私が利用する」
ロキニアスは、スーザンの髪に顔を埋め、熱い誓いを立てた。
「私は、蛮王だ。蛮王に最も得意なことは、【暴力的な交渉】と、【敵を欺く戦術】だ。貴様が知恵で外貨を稼ぎ、水の清らかさで民の心を掴む間に、私はこの国の軍事力を最大限に誇張し、帝国に『今、攻め込めば、必ず勝利を逃す』という恐怖を植え付ける」
「王よ……」
「そして、貴様が半年後に火薬を完成させるまでの間、私は【外交的な偽装工作】を行う。周辺国との間で、大規模な【軍事演習】と【傭兵契約の交渉】を交渉していると見せかけ、帝国の情報網を撹乱させる。貴様は、その間に、安心して硝石を作ればいい」
ロキニアスは、これまでの蛮行と武力を、スーザンの内政チートを完成させるための【盾】として使うことを決意したのだ。彼の愛は、単なる独占欲ではなく、彼女の知恵を、いかなる脅威からも守り抜くという、王としての【絶対的な決意】へと昇華されていた。
翌朝、ロキニアス王は、全軍に最高度の警戒態勢を敷くとともに、周辺国との間で、過去に類を見ない大規模な軍事演習と傭兵契約の交渉を開始した。
スーザンは、ロキニアスの新たな誓いを受け、最後の切り札である硝石プロジェクトの成功に、残された全てを賭ける。しかし、彼女の神眼は、硝石生成地の下で、かすかに【硫黄の産出とは異なる、奇妙な鉱物資源】の反応を捉えていた。それは、この世界の地質図には記されていない、前世の知識でも驚くべき、【天然の化学物質】の存在を示唆していた――。




