飯テロ外交と、帝国の使者が晒した本音
その夜の外交ディナーは、スーザンが腕を振るった、トロイセンの豊かさを最大限に表現する場となった。
料理のテーマは「生命力」。連作障害を克服した新鮮で巨大な根菜、輪作によって栄養価が高まった穀物、そして乾燥野菜工場で加工された長期保存可能なタンパク源。これらの食材を、スーザンは前世のフレンチや和食の技術を応用した調理法で仕上げた。
レオニダス公爵の前に運ばれてきたのは、一つ目の皿。
「これは、新しく収穫された穀物を、発酵調味料と混ぜて焼いたパンと、鶏肉を柔らかく煮込んだシチューです」
シチューの上には、乾燥野菜工場の干し肉と干し野菜が、旨味を凝縮した状態で散りばめられている。
レオニダスは、その洗練された盛り付けと香りに、まず驚いた。帝国の蛮王の食卓は、粗野で野蛮なものだと彼は想像していたからだ。
公爵は一口食べると、その深い旨味と、身体に染みわたるような温かさに、思わず目を見開いた。
「な、なんだ、この味は……!野蛮なシチューではなく、これは帝国でも最高のレストランで供されるような……」
続く料理は、新鮮な魚介と野菜を、米をベースにした酢で和えた、爽やかなマリネのような一品。そして、メインディッシュは、輪作で育てられた高級な穀物を、絶妙な火加減で炊き上げた「ご飯」と、特製の味噌を用いたステーキだった。
ロキニアスは、スーザンの作る料理を、静かに、しかし満足げに食していた。彼の強靭な体は、スーザンの食事によって完全に健康を取り戻し、以前よりもさらに力強いオーラを放っていた。
レオニダスは、次々と出される「飯テロ」の前に、完全に警戒心を解いていった。彼の傲慢さは消え、ただ目の前の美味に集中していた。
そして、デザートの甘い果実酒と、芳醇なハーブティーが出された頃、レオニダスは酔いと満腹感で、ついに本音を漏らし始めた。
「スーザン殿下……貴女は、本当に、この蛮族の国で満足なのですか?」
レオニダスは声を潜めた。
「帝国の皇帝陛下は、貴女がトロイセンで虐げられ、生贄として利用されているのではないかと、非常に心配しておられます。もし、貴女が望むのであれば、我々が貴女を『保護』し、帝国へ連れ戻す手助けを……」
この言葉こそ、帝国が本当に望んでいたことだった。スーザンをトロイセンから引き離し、内政チートの力を奪おうとする策略だ。
その瞬間、ロキニアスの銀色の瞳が、殺気に満ちた鋭い光を放った。しかし、彼はスーザンに任せるという約束を守り、静かに飲み物を口にした。
スーザンは、優しい笑顔を浮かべながら、レオニダスに優雅に返した。
「公爵様。ご心配いただき、感謝いたします。ですが、貴方様の心配は全くの見当違いです」
スーザンは、ロキニアスの手を取り、その大きな手に自分の手を重ねた。
「わたくしは、帝国で誰も見向きもしなかった一人の皇女でしたが、このトロイセンでは、王の王妃として、最高の地位と、国を導く権限を与えられました。わたくしが今、王の隣で享受している豊かさ、そして王からの愛情は、帝国では決して得られなかったものです」
彼女は、レオニダスの顔を見据えた。
「貴方様は、トロイセンの豊かさを目の当たりにしたはずです。わたくしがもたらした知識は、この国を救い、王を救い、今や平和の象徴となっています。わたくしは、この国と、この王のために尽くすことが、最も幸福だと感じています」
スーザンの言葉と、ロキニアス王からの、誰もが理解できるほどの熱い視線と、強く握られた手を見て、レオニダスは完全に敗北を悟った。
「馬鹿な……本当に、蛮王が、あの陰の皇女を……」
レオニダスは、スーザンがトロイセンに完全に忠誠を誓っていること、そしてロキニアス王の彼女への執着が本物であることを理解した。これ以上、外交的な手段でスーザンを奪還することは不可能だと悟り、彼は深いため息をついた。
翌日、レオニダス公爵は、王宮の資料で得た情報(製粉機の簡易な設計図など)を手に、すごすごと帝国へ帰っていった。彼の報告は、帝国に「トロイセンは和平を望んでいるが、その国力は無視できないレベルに達している」という、新たな脅威を与えることになった。
スーザンの機知と、飯テロ外交は、帝国の最初の干渉を見事に撥ね退けたのだ。




