産業革命の萌芽と、帝国からの最初の干渉
農業革命の成功は、トロイセンに前例のない豊かさをもたらした。大量の収穫は、食糧不足の不安を解消しただけでなく、新たな課題を生み出した。それは、収穫した穀物や豆類を効率的に加工し、貯蔵する能力の不足だった。
(収穫量が一・五倍になっても、それを手作業で粉にしたり、油を絞ったりしていては、人手ばかり食って効率が悪いわ)
スーザンは、過剰な労働力と、増えすぎた穀物を前に、次の改革のビジョンを固めた。それは、前世の歴史で起こった「簡易な産業革命」の再現だった。
彼女は、水が豊富な地域に水車を、乾燥地帯には風車を導入する計画を立てた。これらの動力源を、穀物を挽く製粉機や、油を絞る圧搾機に繋ぎ、大量生産を可能にする。
「王よ。王室直轄地で、簡易的な製粉所と圧搾所を設立したいと存じます。動力源は、水力と風力を使います」
ロキニアスは、彼女の提案にすぐに食いついた。
「風と水で、石を回す?……蛮族の我々には、それは魔術のようだ。しかし、貴様の知恵が失敗したことはない。必要なものはすべて与えよう」
ロキニアスは、スーザンのために、数名の信頼できる武官と、技術に詳しい鍛冶師を専属として付けた。スーザンは彼らに、水車と歯車の構造を説明し、シンプルな機械の設計図を引かせた。
数ヶ月後、トロイセン王国のあちこちで、素朴ながらも効率的な水車小屋と風車小屋が稼働し始めた。これにより、製粉や製油の効率が飛躍的に向上し、貧困層に安価で良質な小麦粉や油が流通するようになった。
この「産業革命の萌芽」は、トロイセンの国力回復を、誰の目にも明らかにした。
平和な内政チートによるトロイセンの急成長は、ついに隣国、特にスーザンの母国である帝国にも察知された。
生贄として送ったはずの「陰の皇女」スーザンが、蛮王の寵愛を受け、次々と国を豊かにしているという情報は、帝国の権力者たちにとって、深刻な脅威となった。
彼らは、トロイセンが国力を高めて帝国に復讐するのではないかと恐れ、外交上の圧力をかけることを決定した。
ある日の午後、ロキニアス王の元に、帝国の皇帝からの親書を携えた使節団が到着したという知らせが入った。使節団のリーダーは、スーザンにとって因縁の深い人物、帝国の外務卿を務める公爵、レオニダス・マティスだった。
レオニダスは、スーザンの母を死に追いやり、彼女を虐げてきた勢力の中枢にいた男である。
「王よ。帝国の使者が参りました。リーダーは、レオニダス公爵。彼は、わたくしの過去と、この国の内情を探りに来たはずです」
スーザンは、冷静にそうロキニアスに告げた。彼女の瞳には、かつての怯えはなく、故郷への憎しみと、迎え撃つ王妃としての強い決意が宿っていた。
ロキニアスは、スーザンの頭を優しく撫でた。
「貴様の敵は、私の敵だ。だが、貴様は王妃だ。正面から迎え撃て。貴様の知恵と、私の剣で、奴らの鼻をへし折ってやろう」
蛮王は、スーザンを前にして、初めて牙を剥き出しにした獣のようだった。彼の激しい独占欲は、今や、彼女の安全とこの国の未来を守るための、絶対的な盾となっていた。
二人は、玉座の間で、帝国の使節団を迎え入れる準備を整えた。これは、トロイセンと帝国の、内政と外交を賭けた最初の、静かなる戦いの始まりだった。




