帝国の使者と、王妃スーザンの機知
帝国の使節団、レオニダス公爵が玉座の間に入場すると、トロイセン王宮の空気は一気に緊張した。
レオニダスは、帝国の最高貴族らしい傲慢な態度で、玉座に座るロキニアス王と、その隣に立つスーザンを見据えた。彼の視線は、特にスーザンに向けられると、露骨な軽蔑と、探るような視線が混じった。
「トロイセン国王ロキニアス陛下。そして……スーザン王妃殿下。和平の使者として、貴国の繁栄を確認するために参りました」
レオニダスは、スーザンを「王妃殿下」と呼ぶものの、その口調には明らかに皮肉が込められていた。
ロキニアスは、静かに、しかし威圧感のある声で応じた。
「レオニダス公爵。我が国は貴国との和平を重視している。貴殿らの訪問の意図は承知している。率直に話せ」
レオニダスの目的は、表向きは和平の確認だが、裏ではスーザンがもたらした改革の情報を集め、トロイセンの内政に干渉する糸口を見つけることだった。
「率直に申し上げますと、陛下。このトロイセンの国力回復は、あまりにも急激すぎます。特に、生贄として送ったはずのスーザン殿下が、王妃として内政に深く関わっておられることに、帝国は懸念を抱いております」
レオニダスは、スーザンに対して直接的な嫌がらせを仕掛けた。
「スーザン殿下。貴女は、帝国の最高級の知識を持っておられるはずですが、蛮族の国で、ただ料理と農業に精を出しているだけとは、勿体無いことです。もしかして、貴女は我が帝国の重要な知識を、故意にトロイセンに流出させているのではありませんか?」
それは、スーザンを裏切り者として立場の弱い王宮内で孤立させようとする、巧妙な罠だった。
スーザンは、一瞬の動揺もなく、冷静に、そして毅然とした態度でレオニダスを見つめ返した。彼女の瞳には、過去の虐げられた皇女の面影は一切なかった。
「レオニダス公爵。貴方様は、わたくしが帝国の最高級の知識を持っていると仰いましたが、帝国でわたくしに与えられたものは、冷たい石の床と、わずかな残り物だけです。わたくしが持っている知識は、全て、わたくし自身の知恵と、トロイセンに来てから得たものです」
スーザンは、そこで一度言葉を区切ると、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「そして、貴方様が『蛮族の国』と呼んだトロイセンの王と民は、わたくしに温かい食事と、王妃としての地位、そして『国を救う機会』を与えてくれました。わたくしが、この国に尽くすのは当然の報いであり、これは和平協定の範囲内の行為です」
彼女の言葉は、帝国の貴族がスーザンを軽視し、虐待していたという事実を暗に示し、トロイセン側が彼女を正当に評価しているという対比を鮮やかに浮き彫りにした。
レオニダスは、スーザンからの予想外の反撃に、一瞬言葉を失った。
ロキニアスは、スーザンの毅然とした対応に満足そうに頷くと、玉座の肘掛けを強く叩いた。
「公爵。貴殿の訪問は、王妃に対する不当な尋問のためか? 彼女は我が国の王妃だ。彼女の内政への貢献は、すべて私の命令であり、国益に資する。これ以上、王妃への無礼な発言は、和平の意思を疑うものと見なす」
ロキニアスの冷酷な殺気が、玉座の間に満ちる。レオニダスは、蛮王の絶対的な力を感じ取り、それ以上スーザンに干渉することを断念した。
「失礼いたしました、陛下。王妃殿下。貴国の農業技術と産業の進歩について、いくつか資料を拝見したい。それは、和平のための情報共有の一環として、お認めいただけますね?」
レオニダスは、今度は合法的な情報収集に切り替えた。トロイセンの内情を知るため、農地の視察と、新設された製粉所などの資料の開示を求めてきたのだ。
スーザンは、ロキニアスの許可を得ると、さらに一歩踏み込んだ提案をした。
「公爵。よろしいでしょう。わたくしが、このトロイセンの発展の成果を、貴方様の目で直接確認できるよう、ご案内いたします。ただし、夕食の席は、王とわたくしと、公爵殿、三人のみとさせていただきます」
「夕食?」レオニダスは訝しんだ。
「はい。わたくしが、王の健康を回復させた、トロイセンの最高の食材を使った料理をご堪能ください。それが、貴方様が心配される『国力』の最高の証拠となるでしょう」
スーザンは、再び「飯テロ」という名の外交戦術を使うことを決めた。彼女の目的は、トロイセンの豊かさを誇示すると同時に、公爵を油断させ、彼の本音と目的を探り出すことだった。
その夜の外交ディナーは、単なる会食ではなく、スーザンの知恵とロキニアスの力が交差する、静かな戦場となるのだった。




