貧困街の視察と、廃棄食材を救う乾燥技術
正式に王妃となってから、スーザンの公務は多忙を極めた。兵士の食事改善プログラムが軌道に乗ると、彼女の関心は自然と王宮の外、トロイセンの貧困問題へと向かった。
彼女はロキニアス王の許可を得て、護衛の武官を数名連れ、身分を隠して王都の一角にある貧困街を視察した。
荒れた石畳の道、粗末な木造の家屋、そして空腹でうずくまる子供たち。帝国時代、自分もまた、心と栄養を飢えさせられていたスーザンにとって、この光景は胸が締め付けられるようだった。
(貧しい……。でも、この貧困は、本来のトロイセンの豊かさとは矛盾しているわ)
スーザンは、街の端にある小さな市場に足を止めた。そこには、流通の不正によって市場に出せなくなった、形の悪い、あるいは鮮度が落ちた野菜や果物が山積みになっていた。これらは、貴族や王宮への献上品基準を満たせなかった「廃棄物」だ。
スーザンは神眼を発動させた。
食材:傷ありの巨大なカボチャ
鑑定:栄養価は高いが、表面の傷により商品価値ゼロ。放置すれば数日で腐敗。
真の価値:適切な加工を行えば、長期保存可能な栄養源となる。
「もったいない……」スーザンは思わずつぶやいた。
トロイセンは豊かな大地を持つが、食糧流通の不正と、保存技術の未発達により、大量の食糧が腐敗し、無駄になっていたのだ。王宮に上質な食材が届かない裏で、貧しい人々は、本来手に入るはずの栄養を失っていた。
(この問題を解決するには、廃棄される運命の食材を、安価で栄養価の高い、長期保存可能な食糧に変えるしかない)
そこでスーザンの頭に浮かんだのは、前世の記憶と、帝国で隠れて本を読み漁った知識だった。
「乾燥技術……干し野菜、干物よ」
冷蔵技術がないこの世界において、最も有効な保存方法は、乾燥させることだ。特にトロイセンは乾燥した気候が多く、この方法に適している。
「これなら、腐敗する前に食材の水分を抜き、栄養を凝縮できる。貧困街の人々に、廃棄される食材を集めてもらい、加工してもらえば……」
この計画は、三つのチート効果を生み出す。
一つ、廃棄食材の活用による食糧の安定供給。
二つ、加工品の販売による貧困街への雇用の創出と現金収入。
三つ、乾燥によって増した栄養価を、最も必要としている人々に届けること。
スーザンはすぐに王宮に戻り、ロキニアス王にこの計画を上奏した。
夜の執務室。ロキニアスは、彼女が貧困街で見てきた現実と、彼女が提案する「乾燥野菜工場」の設立案に、静かに耳を傾けた。
「貧民街の者たちに、食糧を加工させ、それを王宮が買い取る、と? 彼らに職を与え、国がその対価を払う、ということか」
「はい。王宮で買い取った加工品は、兵糧や、飢饉に備える備蓄食糧とします。流通の不正で失われたはずの食糧が、今度はこの国の力となるのです」
ロキニアスは、スーザンの熱意と、その計画の持続可能性に感銘を受けた。彼の目は、彼女の知恵を、もはや王妃としての寵愛だけでなく、国の未来を担う唯一の柱として見据えていた。
「わかった。その計画、全て承認する。必要な資金と、王直属の土地を与える。ただし、条件が一つある」
ロキニアスは、執務椅子から立ち上がり、スーザンの前に立った。
「この計画の実行において、危険な場所へ向かう時は、必ず私を伴うこと。貴様は、私にとってこの国の財産であり、何よりも、私自身の命綱だ。危険に晒すことは許さぬ」
彼の声は、命令でありながら、深い愛情と独占欲を含んでいた。
スーザンは、ロキニアスの力強く大きな手が、自分の肩にそっと置かれるのを感じた。
「ありがとうございます、王よ。わたくしの身の安全は、王にお任せいたします」
「よろしい」
ロキニアスは、スーザンの髪に触れると、そのまま彼女を抱き寄せた。
「今日の視察の疲れを、この熱で忘れろ。お前は、この国の希望の光だ。その光を、誰にも奪わせはしない」
彼の力強い抱擁の中で、スーザンは自分がただ愛されているだけでなく、この蛮王の孤独な魂と、トロイセンという国に、深く必要とされていることを感じた。乾燥野菜工場の設立計画は、翌日から秘密裏に始動することになった。




