怪異化作戦
「ええ、この場にいるわ。しかも、がっつり目に見えてる。まだ、どこにいるか分からないの?」
会場の注目は、ロクマとミツメの二人の攻防にくぎ付けになっている。ざわざわとしていた空間が、裁判所のごとき静謐さと緊張の討論の熱で満たされている。
「そうか。ではどこにいるのか言ってみろ! この場にいる皆にも見えるというのなら!」
焦りを感じつつも、ロクマは奥の院の連中を、頭のおかしい人間たちであるという姿勢は崩さない。自身がそうしている限り、諮問委員会の場内での優勢は保たれるはずだからだ。
「イヌマキちゃん。言ってあげなさい」
周囲には聞こえないように、ミツメがイヌマキの耳元で囁く。イチジョウ、フセミ、ヨツツジも皆、イヌマキの方を見ている。イヌマキも「ついに来た」と心の中で叫んでいる。怪異の正体が誰なのか見当はついている。あとはそれを公言するだけ。
「……」
一同に促されて再び椅子から立つイヌマキであったが、中々声を発せない。それを言うだけであるのに、脳の何処かが声を出すことを禁じているかのような感覚に襲われる。
「やはり言えないか! 皆様、やはり彼らは、頭がどうかしているのです。この連中は野放しにできない! もう決まりでよろしいでしょう!」
ロクマの背景に映る砂嵐に恐れながらも、聴衆の意見は大方廃部一択となろうとしていた。その圧力で、イヌマキはさらに固まる。
あと一歩の覚悟、それだけが不足している。
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「―とまあ、作戦の概要はこんな感じだ」
イヌマキの帰還後、すぐに作戦会議が開かれ、イチジョウが全ての説明を終えたところだった。『怪異化作戦』、これから始まる作戦はそう呼ばれた。
「なるほど、会場を私たちのフィールドに落とし込むのね」
「うむ、つまりやることは、いつもの作戦と変わらないというわけだな」
他メンバーの反応も好印象だった。ロクマを幽霊と同等に扱うということに、誰の異論もなかった。私欲のために暴走し、恋に敗北し、その無念を関係のない他者にぶつける。ロクマと言う人間は、これまで奥の院が対峙してきた霊たちと何ら変わりがないのであった。
「奴を怪異化させるプロセスは、これから話し合っていこう。それで肝心なのは……」
イチジョウが少し言い淀み、考え込む仕草をする。
「いつ、実体として仕留めるかだ」
彼の言葉を理解するのに、イヌマキは少しだけ時間がかかった。
「つまり、彼と聴衆に『それ』を気づかせるタイミング、と言うことでしょうか」
「そういうことだ」とイチジョウ。
「確かにそんなことを言っても、頭のおかしい人だと思われるでしょうねえ」
イヌマキもその通りだと思った。もともとロクマ側の人間が大半を占める会場で、奥の院の言葉など戯言としか受け止められないだろうと。
「いや、一人だけそれほど違和感のない人物がいるぞ!」
考えが行き詰まった雰囲気の中、フセミが元気よく言った。
「イヌマキ君! 君はそれほどおかしい人間じゃない。傍から見て、だがな」
「私、ですか……?」
少し困惑したものの、確かにこの中でなら、彼女はまだまともに見えるかもしれないと思った(他の四人の個性が強すぎるのが問題なのかもしれない)。
「気負わないで聞いてほしいのだがな、この前ロクマと初めて対峙したとき、良い意味で一番目立っていなかったのが君なのだよイヌマキ君。イチジョウ君とミツメ君と私は喋りすぎたし、逆にヨツツジ君は一切声を発しなかった。ロクマから見た君の印象は恐らく、『狂人とひょんなことから行動を共にするようになったただの一般一年生』だ」
ふむふむ、とイヌマキ以外のメンバーが頷く。どうやら納得されているようだ。少し間を開けて考えてから、イチジョウが言った。
「なら、トリガー役はイヌマキに任せよう」
「えっ」
話の流れから嫌な予感はしていたが、あまりにも決断が速すぎて、イヌマキは心臓がきゅっと縮まる感覚を覚えた。
「そ、そんな簡単に決めてしまって良いのですか」
「こういうのは早さが肝要だ。ずるずると長引かせても何も生まれない」
「普段大人しいイヌマキ君が言うからこそ、ぐっと相手に響かせることができると思うのだよ」
ここまで押されてしまうと、嫌ですとは言えなくなるのがイヌマキで、それで人生色々と損をしてきた。自分たちの大学生活が懸かっている場面で、自分にそんな大役ができるとは思えない。ましてや、先輩四人の運命を自分の発言だけで左右されるというのは筆舌に尽くしがたいプレッシャーとなるだろう。
「でもあなた、もう逃げないためにここへ帰ってきたんでしょう?」
そんなイヌマキの心象を察してか、ミツメが顔を覗き込んできた。
「でも今回は私だけじゃなくて、皆さんの命運まで掛かっていて……」
そこまでいうとミツメは「分かってないねえ」といって笑った。
「私たちが、そんなことを気にする奴らだと思われてるのかしら。もしそうだとしたら、あなたは逆に不誠実よ。ここまで付いてきてくれた可愛い後輩に、全ての責任を押し付けるようなことしないってば」
こうして説得されている間、イヌマキは自分の弱さを再確認した。先ほども言われた様に、決断には早さが肝心な場合もある。イヌマキはいつも説得される側で、なにもかもずるずると考えてしまう悪癖を実感した。
「……トリガーは、どのように引けばいいのでしょうか」
イヌマキの一言で、全員が頷き、各々の笑みをこぼした。それは、愛すべき後輩の成長を実感できた瞬間であったからだろう。
「そんなの、当日の流れであなたが思うように言えばいいのよ!」
「パワーよ、パワー」と彼女は付け加えたが、イヌマキにはあまり意味が分からなかった。
「パワーは違うだろう」
「うるさいわね。ちょうどいい言葉が思い浮かばなかったのよ」
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