キュート・リフレクション改
「根拠も何も、事実じゃない。諮問委員会なんて、ただ派手なパフォーマンスで、中身の全くない悪徳組織じゃない。なら不動産業者に役に立ってる私たちの方が、幾分かマシじゃない?」
そのミツメの言葉は、彼の逆鱗に触れるには十分だった。
「……随分と舐められたものだ。こんなごっこ遊び連中と同じなどと」
腹の底から湧き上がっているロクマの怒りの示し方をみて、イチジョウはミツメに合図を送った。
『煽りが足りない。激情が必要だ』
そのメッセージをしかと受け取ったミツメは軽くウインクをして、ロクマを向き直す。
「委員長、今日は何を食べたの?」
「は?」
観衆、ロクマはもちろんの事、傍にいた奥の院一同さえも、ミツメの発言の意図を理解できなかった。ただ一人、発言の主だけが、痛烈な枕詞を解放させる快感に笑みを浮かべていた。
「いや、すごい歯の色だなあと思って」
その次の瞬間、ロクマの口元に、千人以上の視線が集中したことは言うまでもない。彼のファンである女学生たちも、とっさのミツメの言葉に、悪意なき目を向ける。視線の矛先であるロクマは、口元を手で覆い、携帯している手鏡でこっそりと歯を確認する。その後、彼は自分の目を疑った。自分のはが、けばけばしいピンク色で彩られている。それははに塗装されたというよりも、ミツメの言う通り、ピンク色の何かを食べた後のような色の付き方だった。彼に心当たりなど微塵もあるはずがない。衝撃で頭が真っ白になりながらも、しかしとっさに歯を隠せたことを彼はまず安堵した。しかし会場から聞こえてきたのは、彼が最も耳にしたくない事だった。
「……ピンクだった」
「噓でしょ……」
「私も見ちゃった……」
「ピンクだった……」
見られていた。とっさに隠したはずだったのに。自分のことを応援してくれていたファン達の、落胆のような、悲壮のような声。恥ずかしさに絶望しながらも、彼はハンカチを取り出し必死に歯の汚れをふき取る。ようやく歯が白くなってきた時、追い打ちをかけるようにミツメの声が聞こえた。
「人の食の趣味に口出しするつもりはないけど、もう少し気を付けた方が良いわ。委員長」
ミツメのその言葉は、ロクマの逆鱗に触れるどころか、もう逆鱗に平手打ちレベルだった。
「黙れ! ゴミの分際でっ!」
そう叫んで、彼は演説台を思い切り手のひらでバンと叩いた。それと同時に、『本年度における部活、サークル維持費についての決算書』が映されたスライド画面が暗転した。ミツメの乱入や、ロクマの歯の色で騒然としていた会場が、しんと静まり返った。
「何、画面が……」
「委員長が怒ったタイミングと同じ……」
「また、機材トラブル?」
聴衆の反応を見て、ようやく背後のスライドが真っ暗になっていることに気が付いたロクマは、次々発生する機材の不調に辟易しながら、再び裏方の方を見る。どうなってるという非難の目で睨まれたスライドの担当者も全く原因が分からず、涙目で首を振るしかなかった。
「皆様! 申し訳ないですが、少しお時間を! 機材が不調を起こしておりまして」
とにかく今は、場を繋がなければならない、できる限りの言い訳をロクマは考える。観衆たちは、マイクに引き続き、画面までもが不具合を起こし、何か不穏なものを感じずにはいられないと言った様子でこちらを心配げに見ている。ロクマとしてもこの状況を、何としてでも挽回したいと思っていた。
「……上手くいったかしら」
意識が完全にスライドの方へと逸れたロクマを横目に、ミツメがリーダーに話しかける。今のところ、奥の院の動向を気に掛ける者はいない。
「ああ、首尾は上々だ」
「『あの人たち』も、期待以上の仕事ぶりね」
「うむ、おかげで我々が直接動く必要がほぼないな」
「……もう少し、泳がせるのでしょうか」
「ああ、俺たちが直々に手を下すまで、『あの人たち』にもう少し活躍してもらうとしよう」
たかが画面を映し出すスライド。時間経過で何とかなるに決まっていると甘い観測を行っているロクマに、次なる一手が襲う。
「復旧まで、しばらくお待ちいただきたい!」




