作戦会議
「それでは、これより作戦会議を行う。質問があれば、適宜聞いてもらって構わない」
本作戦のリーダーであり、事故物件完全攻略サークル長であるイチジョウが続ける。
「五月の後半に一件、大きな任務が入った。まだ少し先のことだが、準備に時間がかかるため、早めに概要を説明しておく」
一同の様子から、普段より張り詰めたものをイヌマキは感じる。
「ロケーションは××県△△市。漁港に隣接する築五十五年の一軒家だ」
「××県って……、四国地方まで行くんですか?」
活動拠点である都内の大学から西に数百キロ程離れた県名が登場し、イヌマキは思わず聞き返した。
「ああ、普通のサークルで言う、強化合宿みたいなものだ。まあ、それよりは緊張感のあるものになるだろうが」
「普通のサークルのことはよく知らんがな」とイチジョウは付け加え、手元に置かれた資料に目を通しながら説明を続ける。話はイヌマキが入部する二か月ほど前にさかのぼり、その家の所有者から直接の依頼であるという。しかし遠方であるため、メンバーのスケジュールと準備が整うまで待ってもらい、本日ようやく正式に日時が決定されたとのこと。
「四国ね……気合い入れなきゃ」
ミツメがそう言うと、ニノツキも大きく頷く。「一筋縄ではいかんだろうなあ。久しぶりに、武者震いがしてきた」
「四国地方って、何かあるのですか」と聞いたイヌマキに、ミツメは苦虫を嚙み潰したように顔をしかめながら薄く笑った。
「とにかくやばいのよ。出てくるやつの量も、質もね……」
「へぇ……」
この数か月のサークル活動で、もうどんなことがあっても驚くまいと高をくくっていたイヌマキだったが、流石にこのことには戦慄した。霊の強さにも地域差があるのか、今まで対峙してきた霊たちはやばくなかったのか……。そんなことを考えながら、彼らにはいつも驚かされてばかりだとイヌマキは思った。その後、四国地方は古い土着の神やら仏やらが多く、近づくことも憚られるような所謂『忌み地』であることをニノツキから聞かされた。ニノツキはこんな知識を、いったいどこから得ているのだろう。何を訪ねても何かしらの心霊雑学が帰ってきそうで、イヌマキは感心半ばうっすらと恐怖を感じた。これが六年以上大学に通った賜物とでも言うのか。
「とにかく、敵が強大であるのは分かってくれただろう。次に被害状況だが、三年間で引っ越してきたのが四世帯。その全世帯が、一週間も持たずに引っ越してしまっている。しかも、ほぼ夜逃げ同然の引っ越しだったらしい」
「あぁ、恐らく症候群物件ね」
「被害状況から見れば、それで間違いなさそうだ」
「あの、症候群物件とは何でしょうか」
あまりにも聞き覚えの無い単語が出てきたため、イヌマキは再び尋ねる。彼女は奥の院入部以後、彼らに色々と尋ねっぱなしであり、そのうちミツメに『はてなガール』などというあだ名をつけられそうだが、理解できない造語で話す方が悪いと、イヌマキは思う。
「所謂、日を重ねるごとに状況が悪くなる物件のことだな。君も怪談が好きなら聞いたことがあるだろう。アパートに住んでいて、自分の部屋に近づいてくる足音が日に日に近くなっていって……。というものだ」
ニノツキの説明で、イヌマキは大いに納得する。怖い話の常套手段であるが、なるほど症候群とはよく言ったものだと感心する。
「……では、予想される敵勢力だが、ヨツツジ、頼んだ」
演習室の隅で、いつものように腕組をして立っていたヨツツジが、本日一回目の開口を果たした。
「……大家提供による目撃情報は、幼い男児、作業着を着た中年の男、老人、それと人間以外の何か」
ヨツツジの言った最後の言葉があまりにも衝撃的であったために、イヌマキは目撃されている霊が合計四体もいることに気が付かなかった。
「人間以外の、何か?って……」
「そうとしか書かれていない」
思わずはてなガールを発揮しようとしたイヌマキを先読みして、ヨツツジは被せ気味に答えた。そう言われると、もう何を聞いても無駄であった。
「たまにこんなことがあるのよ。直接目で確かめるまでは、何なのかがわからないことがね」とミツメが言った。
「複数の霊に加えて、人外と来たか。うむ、これはまずい、かなりまずいぞ!」
ニノツキはこんなことを言いながらも、心なしか楽しそうである。
「おい、まだ報告は終わってない。静かに。ヨツツジ、続きを」
作戦リーダーに咎められたイヌマキたちはいっせいに静まり、ヨツツジの声に耳を傾けた。
「出没時間は昼夜問わず。報告されている霊障はラップ音、物体浮遊、金縛り、幻聴、それと備考欄に……」
珍しく、ヨツツジが言い淀む。
「本が、消える。と書かれている」
「本が消える?盗まれるということか?」
思わず聞き返したリーダーに対しても、ヨツツジは「これもそうとしか書かれていない」と答えた。やはりそうなると、何を聞いても無駄である。
「なんで本限定なのかしら。文豪の霊とか?」と疑問に思うミツメに、「いや、書店の神様かもしれん」などとニノツキが言っていたが、それなら会ってみたいものだとイヌマキは心で呟いた。
「どんな奴にせよ、悪意があることに変わりないわ」とミツメは結論付ける。
一同、備考欄の怪文に興味と不穏が半々といった印象だった。その様子を見ていたイチジョウが思考の末言った。
「フェーズ1でその理由を確かめたい。攻略の糸口が掴めるかもしれんからな。各自、悪いが本を数冊持ってきてほしい。できればバラバラのジャンルで、盗まれてもいいやつな」
確かに、イチジョウの作戦は有効だろうとイヌマキは思った。本ならすべて消えるのか、一部のジャンルのものが消えるのか。それを明らかにすることで、相手の特性が見えてくると思われた。
「困ったわ、家にある本なんて小学生クイズブックくらいしかないんだけど」
「うむ、君らしいな。私は読書に勤しむ性分であるから、色々と工面できるだろう。安心したまえ」
「いや」とイチジョウは言った。
「本の所有者も関係しているのかも知っておきたい。各々二冊ずつくらい持ってくるのが有効だろう。できるだけ長い間所有していた本のほうが良い。別に、小学生クイズブックでも構わん」
「たしかにそうかも。クイズブックを持っていくわ」
何の本を持っていこうか、とイヌマキは悩んでいた。普段から人並み以上に本を読む彼女に用意できないという悩みはなく、むしろ消えてもいいと思える本を考えるのに苦労した。書籍のデジタル化が進む現代に逆行するように、イヌマキは紙媒体の本を買い漁っていた。読んだ証をずっと残しておきたいので、いつか返さなければならない図書館で借りることも潔しとしていなかった。そんなイヌマキにとって、これから消えると分かっている本を選ぶことは苦痛だった。そんな様子を見かねたミツメが「もしかしてあなたも、用意できる本がないの」と尋ねてきた。慌ててかぶりを振るイヌマキ。
「あの、そういうわけでは」
返答に困っているイヌマキに、ニノツキが「イヌマキ君は貴公とは違うぞ」と割って入る。「彼女は読書家だからな。大学前の古本屋で、よく本を買っているのを見る」
そんな姿を見られていたことに少し恥ずかしさを感じ、イヌマキは苦笑した。それと同時に、ニノツキがちゃんと大学に通っている事実にも驚いた。
「消えるかもしれない本を選ぶのが心苦しいのだろう。気持ちはわかる。だが、読書家なら一冊はあるはずだ。読もうと思って買ったのに、長い間一ページも読めていない本が!」
「あ、それなら結構あります……」
あれは自分だけではなかったのかと安心する反面、本に対して不誠実な自身が恥ずかしくなった。彼女がそう言うと、ニノツキは首を振り、「恥じることはない」と笑って見せた。
「その本とは縁がなかったということなのだ。手放し、別の者の手に渡るのが、我々にとっても本にとっても幸せなのだ。そういう本を持ってくるとよい」
大学七回生はイヌマキに、読書家としての貫禄を示した。大したことは言っていないが、ニノツキが言うと格言めいた様子になる。イヌマキもその調子に乗せられ、有難い言葉をもらったような心地になった。
「はい、そうします!」
「では、本の工面については全員問題ないな。ヨツツジは大丈夫か」
「……料理本を持ってくる」
無口な諜報員の言葉に、恐らく全員が同じことを思い、ミツメがそれを口にした。
「良いの?そんな大事な本」
そう聞くと彼は、自らの頭を指でトントンと軽く叩いた。
「自分の頭に全部入ってる、か」
イチジョウがそう言い、一同は感心の声を漏らした。
第二部の投稿はじめようと思います。
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