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四畳の部屋


 四畳の自室のベッドで目を覚ました○○の目は、泣き腫らしたように赤く浮腫んでいた。眠りすぎたという理由だけではなさそうだ。


「……こんな時間」


 時計の秒針は午前三時を指していた。公民館の談話室でミツメが部屋を出た後、しばらく椅子から立ち上がることができなかった○○だったが、亡者の様に立ち上がり、運動神経だけを稼働させて自宅まで歩いた。そのままベッドに倒れ込んだところまでは覚えているが、そこからは、あの架空の世界の風景しか思い出せない。


「楽しかったなあ」


 先ほどまでの光景を思い出して、自分の作りものだと分かっていても、それを嚙み締めずにはいられなかった。しかしこれで、○○には分かったことがある。


 想像した夢の学生生活は、反論の余地がないほど奥の院そのものだった。○○が思い描いていた夢想はいつしか、彼らと共に過ごすことその一点に集中されていたのだ。


 夢の中でも、奥の院の彼らは優しかった。○○はそのことに余計に苦しんだ。自分の無意識でさえ、彼らに優しくしてもらうことに甘んじている。そんな自分が、今は許せない。


「戻りたい……」


 それは逃げ出した彼女が作り出した幻想の中で唯一機能した本心だった。


 ここで迷いなく戻られたら、自分はどれほど強いのだろう。○○は自問した。周りの目も除籍の危険も厭わず、戦う覚悟のできる人。


「やっぱり弱いや、私」


 照明を消した自室の中で、○○はこれからのことを考えた。先ほどの夢のように、恵まれた友人と、有意義な人間関係を結ぶ未来を、彼女は想像できなかった。これまでもそうだった。奥の院で数か月戦った経験が彼女を強くしなかったのだ。そうなれば、もう変革が起きることは無い。華の無い学生生活に逆戻りだ。かといって、奥の院の反撃に乗り込む勇気もない。


「八方塞がりも良いところ……」


 ○○はベッドの上から動けずにいた。酷く喉が渇いているし、暗闇も辛いのに、立ち上がる気力がない。もう一度眠ってしまおうか、またあの夢の続きが見られたら。そんなことを考えていた○○の耳に、奇妙な音が聞こえた。


 アパートの天井が、規則的にきしむ音が聞こえる。ぎしぎしと、厭な音を立てながら、それはだんだんと大ききなってくる。


「何……」


 流石に怪訝に感じた○○が身を起こす。それと同時に、部屋の隅に置かれた本棚から、一冊の文庫本がひとりでに落下した。ぴくりと身を怯ませる○○。部屋の照明をつけるが、そこには何もいない。


「気のせいかな」


 そんな独り言を言った矢先、玄関の方から呼び鈴が鳴った。○○は改めて時計を確認する。午前三時二十七分。どう考えても人が訊ねてくるような時間ではない。玄関に近づき、「どなかですか」と声をかけるが、返事は無い。扉を開けて外の廊下を確認しても、誰もいない。


「何なの……」


 訝しみながらも、彼女は仕方なく自室に戻る。そこで彼女は、ぴたりと動きを止めた。


「何これ……」


 北側に設置された部屋の窓、そこにびっしりと、隙間なく人の手形がつけられていた。先ほど、玄関を確認しに行くまでは、確実になかったはずである。○○は台所からキッチンペーパーを取り出し、水で濡らして窓の方へ歩み寄る。


「これ、内側? それとも外側?」


 ○○が確かめると、手形は内側についているようだ。こんなにたくさんの手形を、なぜあんな短時間でできたのだろうと、彼女は思案する。


「よし、時間かかった……」


 何とか窓の手形のすべてを拭き終えた彼女は、一休みしようとテーブルの椅子に掛ける。ぱっと見たテーブルの上に、見慣れない紙切れが置いてある。


「えぇ……」


 それをよく観察した○○は、思わず困惑した表情を浮かべる。そこにはおどろおどろしい字体で間違いなく、「ころす」と書いてある。


「さっきまで無かったよね」


 そう言いながら彼女はペンケースから消しゴムを取り出し、「ころす」をせっせと消し始める。


「ん? ていうかこれ……」


 ここまで来て、○○は違和感に気が付く。当たり前なものとして受け入れていたが、部屋に小さなコバエが入り込んだ時のような対応をしていたが……。


「心霊現象……?」


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