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ただ優しい夢


「ねえ○○ちゃん、知ってる?」


 帰り道、大学の七号棟の前を歩いている時、ミズノさんは突然振り返り、私に言いました。


「この七号棟のある部屋、幽霊が出るんだって」


 ちくりと、何かが胸に引っかかる感覚がしました。


「幽霊……?」


 私が聞き返すとミズノさんは「そう、幽霊」と言って七号棟の入り口に向かいました。


「ちょっと気にならない? 近頃噂になってるから」


 私はオカルトに対して、興味がないわけでもありませんでした。けれども今の私にはそんなことはどうでもよく、ただ彼女のあとについていく以外の意識が、軒並みシャットダウンされたような感覚でした。私は物言わずミズノさんの後を追います。


 たどり着いたのは二階の隅の部屋。『第二演習室』と書かれています。ちくりとした違和感が、だんだんと膨張してきているような心地になります。何か、致命的な間違いを忘れているような……。


「ここね、あるサークルのミーティングルームだったんだって」


 私が違和感の正体を見つけられず呆然としている間も、ミズノさんは語ります。


「それも、意味が分からないことをやって、悪霊を除霊するとかいう、不気味なサークル。結果的に学生部に咎められて、反逆紛いの事をやって全員退学……。ここにはその学生たちの無念が今でも渦巻いていて、夜な夜な会議が行われている声が聞こえてくるんだって。そのサークルの名前はね……」


「もうやめて、ください!」


 無意識のうちに、私はこんなことを叫びました。ミズノさんはぽかんとして言います。


「どうして? あなたには関係のないことでしょう?」


 その一言が、私の違和感の正体をすべて露見させました。「違う」と反射的に叫びそうになったのは、きっとその証拠です。


「あ……」


 そんな情けない声しか、出せませんでした。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい……」


 その後にあふれてくるのは、その一言だけ。ミズノさんがこちらへ近づいてきて、私の頭を撫でます。ずいぶんと懐かしい心地がしました。


「いいの、本当にいいから」


 ミズノさんは、そう言って頭を撫でる手を止めませんでした。


 いつしか周りには、アキモト君、おむすび堂店主、デシマル教授が立っていました。優しい眼差しで私のことを見つめています。


「もう会えないわけじゃない」


「……無理はさせられない」


「これまでの君との思い出があるではないか」


 と口々に優しい言葉をかけてくれます。


「あぁ……」


 そこで私は、詰まる思いに苦しみながらも、妙に納得している自分がいることにも気が付きました。確かにこの人たちなら、私にこんな優しい言葉をかけてくれるだろうな、と


「私らしいな……」


 そう気が付いた途端、これまで視界に合ったものが、黒い渦のような物に巻き込まれて、一つの何かに融合していきます。



「都合よく、自分の中で作り上げて、現実から逃げる、怖がりで卑怯な私」


 いつしか周りの四人もいなくなって、私は暗黒の中に一人でした。目を背けるため、忘れるために達観を気取っていた私でしたが、暗闇がどうも堪えきれず、思わず叫んでしまいました。


「それでも、戻りたい。私はやっぱり、戻りたいよ……!」



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