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出張型聖域

一月十五日

   午後二時二十分


「ねえ、イヌマキちゃんはどうしてだと思う?」


「……はい?」


 ミツメの急な問いかけに、イヌマキは狼狽した。


二日前、諮問委員会の策略によって廃部の危機に追い込まれた奥の院。反撃の狼煙が上がったその後解散した一同であったが、土曜日である今日、ミツメに誘われてイヌマキは大学近くの公民館に来ていた。

「少し、二人でお話ししましょう」とのこと。自由に使うことのできる談話室二で、二人は窓を眺めるように並んで椅子に座っていた。


「このサークルが、『奥の院』になった理由よ」


 思えば、イヌマキは奥の院というサークル名について、深く考えたことは無かった。活動内容に見合った名前と、それっぽい響きに騙されていたが、よく考えてみると、全く分からない。そのことをミツメに、正直に伝えた。


「……ごめんなさい。見当もつきません」


 彼女がそう言うと、ミツメは「そうよねえ」と笑った。


「①人目につかない奥まった場所、②神社やお寺にある霊や神を祭ったところ……。辞書で調べると、大体そんなことが書かれてるわ。①は大体分かるわよね。大々的にやらない。派手にやらないのが私たちのやり方だからね。問題は②よ」


 そう言いながらミツメは、どこから拾ってきたのか抜いてきたのかわからないが猫じゃらしを、くるくると弄りながら続ける。


「神様なんかを祭ってる場所、そういう場所は、所謂『聖域』と呼ばれるわよね。立ち入るとすごいご利益があるとか、身体が浄化されるとかね。とにかく、人間を精神的な方向にバフをかけてくれる場所だよね。霊なんかはもちろん寄り付けない。まあ私たちのやってることもそういうことよね」


 あまりにもミツメが弄り回すので、猫じゃらしの根元がぽきりと折れてしまった。これでは猫じゃらしに申し訳ないと思ったのか、そのまま茎を結い始めた。


「でも、神社とかにある聖域って、ずっと人を助けてくれるわけじゃない。年に一度しか公開されなかったり、元々神職の人しか入れない場所だったりする。そんなにすごい場所なのに、すごいパワーがある場所なのに……。これ、ケチだと思わない?」


 ミツメはそう言ったスピリチュアルな話をする時、だんだんと熱が入ってくる癖があるのだろうか、猫じゃらしを結うスピードが尋常ではなくなってくる。その速さとは不釣り合いなほどに丁寧な工程を踏みながら、確実に何かが出来上がっている。


「そのために生まれたのが私たち。本来の奥の院に対しての、ある種の皮肉でもある。人に良いものは、どんどん広めていくべき。いわば私たちのやってることは、『出張型聖域』なのよ」


 『出張型聖域』。その言葉を口にしたと同時に、ミツメの手元にて猫じゃらしの冠が出来上がった。彼女は完成したそれを何の断りもなくイヌマキの頭に乗せた。イヌマキも反応せずにただ大人しく猫じゃらしの妃になった。


「良い響きですね。おもしろくて、説得力があって……」


「そうでしょう、そうでしょう」


 そう言って二人はじゃれ合い、しばらく沈黙が続いた。誰も声を発さなければ、この談話室はしんとしていることに気が付く。ただの静寂ではない。つい目を閉じたくなるような、そんな心地の良い静けさ。ここが事故物件だったとは、微塵も感じられない。奥の院の力によって浄化された部屋。これこそが聖域なのだと、イヌマキは思う。恐らくミツメも、今それを味わってるのだろう。満足するまで、自分もそうしていようとイヌマキは目を閉じた。


「イヌマキちゃん。あなたは本当に良い子だね」


 どれくらい沈黙を楽しんだだろうか。ミツメがそんなことを言った。


「えっ」


 イヌマキは言葉に詰まる。素直に喜んでも良いものかと。


「怖がりなのに、臆することなく、どこまでも付いてきてくれる。雨の日も風の日も、私たちが日本中を駆け巡っても。文句の一つも言わず……。私がドジしても優しく笑ってくれるし、他の皆にも好かれている。奥の院の妹みたいな存在よ」


「いえ、そんな……」


 イヌマキは気の利いた反応を見せることもできず、ただ椅子に座って足自分の足元を見ている。言われていることはとても嬉しいはずなのに、たまらない寂しさがイヌマキの胸の内を抜けた。その寂しさは、ただの錯覚ではなかったことに、彼女はすぐに気が付く。


「だからこそよ。イヌマキちゃん、奥の院を抜けなさい」



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