迷子
そこからミツメは、自分たち奥の院の作戦裏にて密かに進行していた「真 宵山作戦」の概要を聞かされた。途中、上手く話がまとまりすぎていて、すべてカガリの戯言かと思って半信半疑であったが、ナルユメ家の父ジュントクや、屋敷の使用人であるスズリという女までもが絡んできているらしく、とても嘘とは思えなくなった。大通りを抜けるために般若の面を取ったカガリの顔も、その時初めてミツメは見た。何ということは無い、どこにでもいる黒髪の青年であった。目の下の涙黒子が二つあることが、強いて言えばの特徴だろうか。
「カクシノ様があそこで、お前たちを無理やり先に行かせた理由にもなる」
カガリはそう言った。「その後、あの方は大急ぎで自分の店へと戻られた。ナルユメが、きっと来てくれると信じて」
「さっき、人ごみから私を助けてくれたのも、あなただったのね」
そう言われたカガリは、気恥ずかしさを隠すように、フンッと鼻で笑った。
「本当は、カクシノ様とともに店で待機する予定だった。しかし移動中、人に揉まれるお前を見つけてな。『助けてあげなさい』と、カクシノ様に言われた」
時刻は午後八時十五分。薄っすらと明るかった空も、遂に漆黒となる。それと共に、祭りを歩く人々の盛り上がりも、最高潮になってくる。酒を飲み、有頂天になった人間たちが、至る所で大声を出している。
「そう。……だけどあなた、もっとわかりやすく悪者を演じなさいよ。正体不明すぎてちょっと怖かったわ」
助けてもらったのにも関わらず、カガリの刺客役をダメ出しするミツメ。彼は一瞬ムッとしたような顔をしたが、人前で声を発するのが得意でない自分が少し恥ずかしくなって言った。
「誰も、お前みたいに役者を演じられるわけじゃない」
そう言われたミツメはきょとんとして言った。
「あら、別にあなたのことを悪く言ったんじゃないわ。それに、梯子なしでビルひとっ飛びで移動するのは、格好良かったわ。誰に教わったの?」
あのダメ出しから褒められると思っていなかったカガリは、ミツメのことを訝しんだ。『こいつは会話を自分のペースに乗せることによって、俺の思考を掌握しようとしているのではないか』と。しかしミツメにはそんな意識は微塵ほどもなく、ただ思ったことを話しているだけなのであった。
「……別に教わったとかじゃない。元からできた。運動神経だけはよかったから」
恐る恐る返答するカガリ。
「ほんとう? すごい才能じゃない! 今度教えて頂戴よ。パルクール選手になれるわ!」
目を輝かせてカガを見るミツメに、こちらを丸め込もうとする気配のようなものは感じられなかった。というのもあるし、実直に褒められるのが少し嬉しくて、カガリは彼女を疑うことをやめた。
「ああ……」
「私も、あんなにスタイリッシュな移動ができたらなって、いつも思ってるのよ。本当よ」
相手に慣れると、ミツメはよく喋る人物だった。最初は互いに警戒していたようだが、二人とも別の角度から、この人は大丈夫だろうと思い始めていた。
大通りから逸れ、衣装替えをしたビルが建つ六角通へ入った。
「そろそろ到着だ。お前の仲間たちもきっと……」
そこまで言ったところで、カガリは何かにぶつかったようで、言葉を止めた。ミツメも気になって彼の方を見ると、まだ幼い男の子とカガリの足がぶつかったようだった。その衝撃のせいか、少年は目に涙を浮かべていた。
「……悪い」
ぶっきらぼうに言ってそのまま歩いていこうとしたカガリを、ミツメは「ちょっと待って」と制止する。そのまましゃがみ込み、少年の顔を覗き込んで言った。
「君、お母さんとお父さんは?」
それを聞いたカガリは、少年の周りに両親と思しき人物の姿が見えないことに気が付いた。彼が目に涙を浮かべていたのは、カガリとぶつかったことが原因ではないようだ。
「……わかんない」
その男の子は、祭りの雑踏にかき消されそうなほど小さな声で言った。
「そう……。どこではぐれちゃったか、思い出せそう?」
天然でつかみどころのないミツメであったが、幼い子供を相手している時は、歴戦の保育士のような要領の良さと優しさを見せる。その様子に、カガリも少し面食らう。
「おい、時間がないんだよ。気の毒だが、相手をしてる時間は無い。別の大人に任せて、ここは行くぞ」
それを聞いたミツメは、怒ったようにカガリの顔を振り返った。
「駄目よ。こんな可哀そうな状況の子をほっとけない。私、児童心理学を専攻しててね、上手くやれるから」
カガリは内心、カクシノを待たせている焦りと苛立ちから、彼女を怒鳴ってでも連れていこうとしたが、人通りが多い道、更には幼い子供が相手となると、どうにも気が引けた。
「お母さん、お父さんと最後に一緒にいたのはいつ?」
カガリの反応もうかがわず、ミツメは男の子に問いかける。
「お店がたくさんある道……。道には屋根もあった。大きなすき焼きのお店の前……」
男の子の言葉は、子供らしい抽象的な説明であり、親身になって聞いていたミツメを困惑させた。
「うーん……。どこかしら」
彼女は、自身が京都に詳しくないことを恨んだ。ナルユメがいてくれたら、きっとどのあたりかの見当はついたはずだ。
「ごめんね。私じゃわからないかもだから、ちょっと屋台の人に聞いてみるわね」
ミツメが男の子の手を引き、近くの箸巻き屋台の店主に声をかけようとした時、不意に後ろから声が聞こえた。
「寺町通、そこのアーケードだ」
ミツメが振り返ると、カガリが東の方角を指さして言った。




