分断
「ちょっと、お面触らないでってば。これ借り物だから」
イヌマキ、ナルユメ二人が、寄る辺商へたどり着いたと同時刻。警官の追跡を搔い潜るため、自らを見物客に売り出すことによって捜索チームの窮地を救ったミツメは、未だ野次馬たちの的となってもみくちゃにされていた。最初の人々はともかく、現在押し寄せてきているのは、『何か分からんけど、とりあえずみんなワーワー言ってるから、有名人でもいるのかも』と思って近づいてくる者たちだけである。祇園祭ともあれば、女優か何かがお忍びで来ていてもおかしくはない。祭りで浮かれた人間の思考など、この程度である。
「あー! もう千切れる! 千切れるって言ってるでしょ」
いったいどんなスーパースターが待ち受けているのだとワクワクで近づいた野次馬を待ち受けているのは、不躾な観衆にいら立ちを隠せていない狐面の女性。面の隙間から覗かせる顔は美しく、確かに綺麗な人であるのは間違いない。間違いはないが、こんなに器の小さいことを叫び散らかしている者は、女優であるとは考えられない。
「なんだこれ」
「誰やねん、こいつ」
「お面可愛い。触っていい?」
勝手に期待してずかずかと近づいてきて、挙句には暴言を吐かれる。ベタベタと触られる。もうミツメは涙目になっていた。
「もう、いい加減どっか行ってよ。 警察を呼ぶわよ! いやそれは駄目だわ……」
そんな一人問答を繰り返している間も、人の波は途切れることなく続いた。
「京都の人って、もっとお淑やかじゃなかったの……」
こうして、もうどうすることもできなくなったミツメは、いっそのこと、この人ごみに揺蕩おうと考えた。クラゲの様に人の流れに身を任せていたら、いつか人のいない所に漂流するだろうと。
脱力し、その辺の誰かにもたれかかろうとした時、彼女の近くに何かが投げ入れられた。
「まさか、ファンレター? そんなに人気になってきたのかしら、私」
そう浅はかにも思ったのも束の間、投げ入れられたそれは、眩い閃光を放って、火花を散らしている。
「燃えてる! 離れろ!」
そんな声がどこからか聞こえてきた。それを理解したと同時に、あれだけミツメを囲んでいた野次馬たちは、脱兎のごとく逃げ出した。押し合いへし合いの混沌のさなかにいた彼女は、いきなりぽつんと一人になった。
投げ入れられたものは、ただのスティック花火であることに、ミツメは気づいていた。
「……燃えないわよ。こんなので」
そう言ってみたものの、聞く者がいない。しかし何であれ、とりあえず窮地を脱して安心していたミツメの前に、一人の人間が歩いてきた。
「あ! あんたは……」
それは、スズリたちを分断させる原因を作った強敵、『洛外秘倉』の刺客であった。般若の面をつけたまま、ゆっくりと近づいてくる。
「私を殺っても意味ないわ。すでに仲間が、きっと錫杖を見つけてるんだから」
強気に出たミツメを見下ろしたまま、彼は意外にも口を開いた。
「……さっきから思ってたけど、あんたドジだな」
無口だった追跡者が急に声を発したこと、更に中々な悪口であることで二重の衝撃を受けたミツメは、返す言葉もなく固まっていた。それを見ていた刺客は、少し言い過ぎたと思ったのか、声のトーンを落として言う。
「安心しろ。もう襲わない。カクシノ様のところへ行くから付いてこい」
「は?」
さらに予想外すぎる言葉に、まだうまく返事ができないミツメ。罠としか思えなかった。
「信じられないか……。まあそうなるわな。これ、名刺」
差し出された名刺を、恐る恐る受け取ると、そこには『辰巳商 篝』と書かれている。確かに、カクシノの経営経営している骨董屋の名前は、辰巳商であった。
「お前たちのことも既に知っている。事故物件完全攻略サークル、奥の院。ナルユメとかいう男の救済のために、俺たちが動いているということ」
「ちょ、ちょっと待って。急すぎて分からないわ」
あまりに突拍子のない展開に、脳の処理が追い付かないミツメ。「あなたは、カクシノさんの仲間? じゃあなぜ追いかけてきたの?」
彼女の問いに、カガリという男は懐から出した懐中時計を見て首を振る。その所作は、確かにカクシノを彷彿させた。
「時間がない。話はカクシノ様の元に向かいながらな。お前のお仲間も、そこにいるだろう」
-これは、ミツメが何とか寄る辺商に到達し、愛すべき後輩先輩と感動的な再開を目指す、たった三十分の物語である。
お疲れ様です!
第三章は一旦完結したのですが、第四章の物語の方向性を未だ決めかねていますので、しばらくは三章の番外編を続けようと思います。
どうぞよろしくお願いします!




