大団円
午後十時零分
宵山作戦開始から、四時間が経過した頃、全てが終わった。盗まれた蝶舞の錫杖の謎は明らかになり、数百年に話あってサグメ家を脅かし続けた悪霊は消え去った。ジュントクの命を連れて。
「逝っちゃったんだね。ジュントクさん」
ひとしきりに悲しんだサグメ家の二人に近づき、カクシノは言う。
「立派だったよ。最後までさ」
飄々とした態度を貫きながらも、恩人を失った悲しみで、目は赤く潤んでいた。
「カクシノさんは、最初から知っていたんですか」
ジュントクを抱えながら、ナルユメが訊ねる。
「うん。元々、僕の父であるノノシキに相談したのが、初めだった。君が宵山でアイスを買ってもらったとき、ジュントクさんは覚悟を決めていたみたいだよ」
完全に事切れてしまったジュントクだが、それは傍からみると、息子の腕の中でただ眠っているように見える。
「……こうなることは分かっていたよ。そして時を戻せても、僕は変わらず同じことをするだろう」
「私も、同じでございます」
カクシノの言葉に、スズリも頷く。
「若様。主人様のことは、悲しくてたまりません。それでも私は、貴方に幸せになっていただけるのであれば、正しい選択だったと思うのです。何度時を戻されても、私は貴方を騙します。それが、主人様が心から望んだことなのですから」
先ほどの涙はすべて流し切り、いつものスズリに戻っていた。細く切なげで、しかし確かな強さを持った声。それを聞いたナルユメは、この娘の強さを、とても愛らしいと思った。それと同時に、幼い頃から共に過ごしてきた使用人の、サグメ家に対する思いを、決して無駄にはできないとも思った。
「君は愛されているねえ。お父さんにも、スズリちゃんにも」
そうカクシノに言われ、ナルユメは気恥ずかしそうに笑った。と同時に、カクシノの覚悟を敬った。親友であるジュントクの、悲しい選択を尊重して協力した彼の行動もまた、無駄にはできなかった。
「ありがとう。本当にありがとう。二人とも」
そう言ってナルユメは立ち上がり、スズリとカクシノに頭を下げる。
「幸せになります。二人の思いを、無駄にしないように」
それを聞いた二人は、ころりと微笑んだ。幸せにおなりなさいと、そのとき彼らは思っただろう。
午後十時十分
「お前らも、こんな内輪のドッキリに付き合わせてもうて、悪かったな」
父との別れを済ませると、ナルユメは奥の院の元へ歩み寄り、そう言った。
「いえ、先輩の助けとなったなら、この作戦は成功です」
「うむ! 父上のことは悔やまれるが、全てが解決したな」
「私は楽しかったわ。妖怪のコスプレもできたし」
「よ、ヨツツジさんも頷いておられますし。私も、一段と強くなった気がします」
各々の言葉を聞きながら、ナルユメは笑っているのか、泣いているのか分からない声を漏らしながら言った。
「さすが。最恐でもあり、最強の部隊や」
俺が見込んだだけあるな。と言いながら、彼は先ほどジュントクが遺した言葉を思い出す。
―いい仲間を持ったな。
「……本当、その通りやで、親父」
しんみりとしているナルユメに、ミツメが詰め寄る。
「それでナルユメさん? あなたのお屋敷、何か着るものは無いかしら。こんなボロボロの身なりで新幹線なんて乗れないわ」
先ほどの警察官からの逃亡の際に人ごみに潰され、汚れと傷まみれの衣装をひらひらさせながら言うミツメ。
「確かに、それじゃ可哀想やなあ。でも屋敷には、スズリの着物と、親父の着流ししかないぞ」
「そんなの着てたら、街中で笑われるわよ!」
「……お前はいつも笑われてるだろ」
「もう、それは酷すぎない?」
午後十時十二分
「うまくいったみたいだねえ」
カクシノは、ナルユメと奥の院一同の楽しげな様子を優しく見守るスズリに言った。彼女はカクシノを一瞥して、再び奥の院たちの方を眺めて、言った。
「ええ、こうして若様たちが最後に笑っていらっしゃるところを見れば、騙してしまった罪悪感も薄れてゆきます」
「ナイスな演技だったよ。本当に」
カクシノがそう言うと彼女は「どうも」と言ってぺこりと頭を下げた。「しかしカクシノ様の道具作りも、見事なものでございました」
そう言ってナルユメたちを見る彼女の瞳は、カクシノにはやはり、少し憂いて見えた。普段からそういう目をしていることは知っていたが、今日は一段と寂しそうであった。しばらく考え込んだそぶりを見せたのち、彼は思い切って尋ねる。
「それで、スズリちゃん。これから君どうするの。ご主人は死んじゃったし、ナルユメ君も東京で暮らしてるらしいけど」
そう聞かれたスズリは、優しく微笑んだ。潤んだ光を見るような、遠い目をして言った。
「私にはなにも持ち合わせがございません。京都に残っていても仕方がありません故、田舎の実家に帰ろうと思っております」
「若様にも、お別れを告げなければ」と付け加え、彼女はナルユメの元へ行こうとする。
「ちょっと、提案があるんだけどさ」
ぴたりと足を止めて、カクシノを振り返るスズリ。「……なんでしょう」
「行く当てがなら、僕の骨董屋で働かないかい。生活に困らないよう工面はするし。良い看板娘になってくれると思うんだ」
あまりにも予想外の答えに、一瞬動きがぴたりと止まるスズリ。
「私が……?」
「そう、スズリちゃんが」
「しかし、私は何もできません。骨董の知識もありませんし、普通のお店で働いたことすらないのですから」
悲し気にうつむく彼女を見て、カクシノは、何としてでもこの娘を笑顔にさせてやりたいと思った。
「いいのさ。店先に立って、お掃除してくれたり、花に水をやってくれるだけで十分さ。いいよね、カガリ。君もお話相手がいた方が良かろう?」
カクシノの隣で、蚊帳の外だったカガリはぎょっとした。正直突然のこと過ぎて理解が追い付いていなかったが、スズリが一人、京都から去っていくのを想像すると、断る気は消え去った。
「ま、まあ、俺は全然かまいませんけど……」
「よし、決まりだ! これからよろしく頼むよ。寄る辺商のスズリさん」
そう言われ手を差し伸べられたスズリは、控えめに手を伸ばし、固い握手を結んだ。
「お掃除や、お花のお世話は、私でもできそうです」
「安心してくれよ。俺だって、ビルの屋上を走り抜けること以外、何にもできやしない。それでも何とかなってるし」
新しい仲間が増えることへの嬉しさを、気恥ずかしさで必死に隠しながら、カガリもそんなことを言う。
「これから、お店が賑やかになるねえ」
そう言われてスズリは、ころころと可愛らしく笑った。
「……精進してまいります!」




