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   午後九時四十分


ナルユメが手に持つ『蝶舞の錫杖』は、七色に輝く蝶が踊り狂っている。


「全く。全員、揃いも揃って……」


 そこまで言ったナルユメは、蝶舞の錫杖の持ち手の部分、そこに隠されたボタンを押して言う。


「馬鹿なんか強いんか分からんなあ」


 彼がそのボタンを押すと同時に、錫杖からは愉快な曲が流れてくる。よく聞いてみるとそれはかつて日本で爆発的な人気を博した楽曲である。特徴的なフレーズを口ずさみながら、日本に侍を探しに来た蝶を描いた訳の分からぬ曲ではあるが、なるほど玩具の蝶の動きと絶妙にマッチしている。


「なんとも! 懐かしいなあ」


 思わずフセミも感嘆の声を漏らすが、他の者はあまりピンと来ていないようだ。そんなことも気にせず、ナルユメは音楽が一番の盛り上がりを見せた瞬間、ジュントクがしがみついている巨大泥人形の顔に、重ねて飛びついた。必然的に、今にも落ちそうなジュントクの背中を抱いてしがみつく形になる。


「敵も味方も……、俺を置いて滅茶苦茶すんのはもう、ええ加減に……」


 泥人形の顔にしがみついたまま、ナルユメは右手に持った蝶舞の錫杖を大きく振り上げる。


「せい!」


 そう振り切って、錫杖を泥人形の顔にたたきつけるナルユメ。あまりの衝撃に、その場にへたり込む泥人形。


「親父、最期のひと踏ん張りや!」


しがみつく必要がなくなったジュントクとナルユメ親子は、二人で仲良く蝶舞の錫杖を持ち、もう一度振り上げ、泥人形にとどめを刺す。目から火花が出る勢い(実際瞳は無いが)で脳天を叩かれた泥人形は、遂に地面に仰向けに倒る。


「約束やろうが……。もう起き上がるな。……お互いな」


 そう言ってジュントクも、すべてやり切ったとでもいうように、真後ろに倒れる。それを受け止めたナルユメが、涙声で呟く。


「なんで……、こんな大真面目な時やのに、やってることは馬鹿みたいなんや……」


 その様子を、穴の上から見ていたミツメがひょっこりと顔を出して言う。


「それが、奥の院のやり方でしょう?」



   午後九時四十五分



「親父……」


 悪霊との約束は果たされたようで、泥人形は起き上がることなく塵となって消えていった。それと同時に、ジュントクの命も、遂に急速に萎み始めた。


「いろいろ、すまなんだな。だが、約束は果たせたやろ? すべて終わったら、種明かしするとな。分かってくれたやろ。全部」


 その言葉に、ナルユメは首を振った。


「わからんよ、親父。なんにも分からん。ここでお別れなんか? そんなん、意味がわからんのよ。どれだけ説明されても」


「主人様……」


 隣に座るスズリも、涙ぐみながらジュントクの手を握っている。


「お前と、その子孫のためや」


「そんなん、親父が犠牲にまでならんでも……」


 奥の院、カクシノ一同は、少し離れたところで、音ひとつ立てずにその様子を見守る。


「儀式は辛かった。優しいお前なら、同じことを思ったはずや。だから儂が終わらせた。それ以上でも、以下でもない」


 ジュントクの、二人の手を握る力が、だんだんと弱まってきているのを、ナルユメとスズリは気が付いていただろうか。分かっていても、気が付かないふりをしていたのだろうか。


「……わかった。じゃあ、最後に教えてくれ。……昔の祇園祭、あれは親父にとっても、忘れがたい思い出か?」


「……ああ」


 その言葉を確認したナルユメは、ジュントクの手に、『蝶舞の錫杖』を握らせる。


「あっちでも、寄る辺にしてくれや」


 スズリは、他人がいることも構わずに大泣きしている。


「……カナエ。良い仲間を持ったな」


 そう言われたナルユメ、ではなくサグメカナエは、今までこらえていた涙をすべて流した。


「何、本名明かしてくれてんねん……」


あけましておめでとうございます。

大晦日は投稿できませんでした。

今年も、本作を少しでも楽しんでいただけますと幸いです。

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