篝火
午後八時二十分
「なんで、そんな遠回しなこと……」
蝶舞の錫杖の捜索が、父、スズリ、カクシノが仕組んだものであったことに、ナルユメは、呆れとも、怒りとも言えぬ複雑な心境に唖然としていた。
「それじゃあ、『洛外秘倉』とかいう窃盗集団は? あれも、三人が用意した架空の存在だったんですか」
カクシノが申し訳なさそうに頷く。
「それも、君を巻き込みたくなかったお父さんの考えだよ。あの屋敷ですべてが終わるまでの、時間稼ぎが必要だった」
その時、イヌマキたちの背後、すなわちエレベーターの方角から、足音が聞こえてきた。音から察するに、誰か二人が、こちらへ近づいてきているようだ。
「すみません、遅くなりました」
イヌマキとナルユメが振り返ると、そこには般若の面をかぶり、半纏を羽織った、『洛外秘倉』の刺客が立っていた。そしてその横を歩いてきたのは、人ごみに揉まれ、全身が乱れまくったミツメだった。
「おや、カガリとミツメさん。ずいぶん遅かったね」
カガリというのは恐らくミツメの隣に立つ刺客の事であろうとイヌマキは推測した。
「すみません。あろうことか、この娘と道に迷ってしまって。俺のせいです」
刺客の言葉に、ミツメはやれやれと言った表情をした。
「ほんと、びっくりしちゃう! カクシノさんの下で働いてるくせに、ビルの場所を見失っちゃうんだから」
「……悪かったな」
二人の様子を見る限り、この短時間でかなり打ち解けている様だった。ミツメは誰とでも打ち解けられる。
「ミツメさん!」
再会の喜びに、イヌマキは思わず大声を出す。
「久しぶり、イヌマキちゃん。それにお二人も」
カクシノも、これにはにっこりとして言う。
「良かった。ミツメさんをちゃんと連れてきてくれたんだね。カガリ」
カガリと呼ばれる男は、面は取らずに、気だるそうに言った。
「はい。もみくちゃにされてるのを、何とか連れてこられました」
「そうかそうか。……紹介するよ。弟子のカガリだ。僕が店を引退するとき、店主を相続する予定の男だよ」
カガリは、先ほどの様子とは打って変わって、少し申し訳なさそうな様子で言った。
「さっきは、脅かして悪かったな。包丁なんか持って……。これも、カクシノ様に言われたことだったんだ」
「簡単に錫杖を見つけられないように、君らを邪魔する追跡者として、彼には頑張ってもらったよ」
「確かにこの現代に、そんな時代劇みたいなこと、起きるはずないですよね」
「正直、騙せてるか不安だったが。あんたらがあんなに必死に逃げるとは思わなかった」
イヌマキは、納得すると同時に、少し寂しくもなった。命の危険は感じたものの、あまりにも非日常な出来事に、イヌマキの心は、ずっと不思議な浮遊感があった。しかしそれが作られたものだと知って、サンタクロースは実在しないと悟った九歳の頃の記憶を、彼女に思い出させた。
「でも、なんで……」
ナルユメの疑念は、未だに拭えていない様子だった。それどころか、ますます混乱した様子を見せる。
「わからんのです、カクシノさん。こんなことで時間稼ぎしたって、いつかは俺、儀式をやらんとあかんのですよ。今年だけ俺から遠ざけたって、意味がないと思うんです」
彼の疑問はもっともだと思いながらも、カクシノは回答にためらった。その後少し間を開けて、カクシノは大事そうに言った。
「いや、君はもう儀式をする必要はない。すべて終わらせたんだ。君のお父さんがね」
「え?」
言葉の咀嚼が追い付かず、ナルユメは間の抜けた声を発する。帳場に座っていたカクシノが、よいしょと椅子から立ち上がる。
「さあ、そろそろ向かおう。君のお父さんの元へ。そこで、本人からお聞きなさい」




