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寄る辺の品

   午後八時十八分


「それは、二十二年前に、親父が買ってくれた、蝶の玩具です」


 カクシノが手に持つ『蝶舞の錫杖』を凝視しながら、ナルユメは漸く口を開いた。


「そう。よく覚えていたね」


 そうしてカクシノは二人に、ナルユメ家に代々続く『寄る辺の品』の話をした。封印しながら摩耗されていく精神を、ただ唯一保つための拠り所。


「君のお父さんは、祇園祭での君との思い出を、『寄る辺の品』に選んだ」


 そういって彼は、手に持った『蝶舞の錫杖』に付属しているボタンを押す。プラスチックでできた蝶のオブジェが、キラキラと七色に発光しながら、愉快な音楽が流れる。カクシノはそれを、愛おしいものを見るような目で見つめた後、ナルユメに「どうぞ」と言って手渡す。


「あの日が、よほど思い出に残っているんだろうね」


 彼らが追い続けた『蝶舞の錫杖』、その正体は、遠い昔から続く、父子の思い出であった。


「結局、悪霊を退治する魔法のステッキなんてものはない。最も強いのは生きた人間であり、彼らが持つ精神なのさ。これは君たちが、モットーとしてきたことだろう?」


 どこまで行っても、どんな高尚な除霊でも、原理を突き詰めれば、そこに行きつくことを、イヌマキは知った。そして同時に思った、最も重要な疑問をぶつける。


「でも、なぜカクシノさんが蝶舞の錫杖を……?」


「本当に盗んだのは、あなただったんですか?」


 ナルユメも参加し、畳みかけるようにカクシノに問う。それに参る様子もなく彼は答える。


「そう。僕が盗んだ」


 きっぱりと、簡潔に答えられたことが、余計に二人を困惑させる。


「なんで、そんなこと……」


「うーん、正確に言うと、僕が自発的に盗んだわけじゃない。依頼があったのさ」


「それって『洛外秘倉』の事ですか」


 イヌマキが相当と同時に、捜索中に襲ってきた『洛外秘倉』の刺客は、一体どうしたのだろうという疑問も浮かんできた。カクシノは、あの状況から如何にしてあの刺客を撒いたのか。


「いいや。そんな組織は存在しない。依頼主はジュントクさん。君のお父さんだよ。ナルユメ君」



   午後八時十九分



「盗ませた……とは」


 蝶舞の錫杖、その正体を一通り語った後、ジュントクは盗まれた錫杖について、その真相を語った。


「そのままの意味や……。すまんスズリ。説明したってくれ。少し疲れた」


 「はい」と悲し気に、しかし確かな強かさを持って、彼女は話始める。


「主人様が数週間前に倒れられた時、すでに儀式は不可能なほどにご容態が悪化していました。本来であれば、即席でも若様に祝詞を覚えていただき、儀式を行うのが最適な方法だったのですが……」


 そこでスズリは言い淀む。そんな様子を気の毒に思ったのか、ジュントクが振り絞る声で代わりに話す。


「儂は、もう終わらせたかった。息子、孫、さらにその下。そんな代まで、不毛な儀式のために京都に縛るのは惨いとな。それでもあいつは、儂が倒れたと知った時、真っ先に京都に戻って、対策を練った……。それが、お前たちや」


 奥の院。儀式の内容を知らないなりの、最適な方法となれば、彼らしか思い浮かばなかっただろう。


「我儘は承知やが、あいつにはもうこの屋敷のあれこれに巻き込みたくなかったんや……」


 そこまで言うとジュントクは再び意識を朦朧とさせた。彼を支えながら、スズリが言う。


「そのために、盗まれた品の奪還という名目で、若様を宵山の京都へ送り出したのです」


「そうでもせんと、あいつは無理やりにでもここで戦おうとするやろうからな……。お前らには、迷惑をかけた。だが奥の院の迎撃を儂が断ると、息子は怪しむだろう」


 急な謝罪に、三人は「いえ、いいんです」と首を振るしかなかった。


「最初から、儂の命で奴らを止めることはできた。だが、もしお前たちが本当に迎撃してくれたらと、そんな期待も少しあった」


 だが、結局それは叶わなかった。とイチジョウは思う。自分たちがもっと強ければ、ジュントクはこのまま生きられたかもしれないと思うと、胸が痛んだ。


「我々が不甲斐ないばかりに、主人殿を守ることができなかった。かたじけぬ……」


 そう言ったのはフセミであった。それを聞いたジュントクは、フッと笑う。彼がここで笑ったのは今が初めてだった。


「気にするな。もともとあれらの標的は儂や。どれだけ攻撃したところで、儂が死ぬか、封印されるまでは止まらんかったろう」


 しばらくの沈黙が続いた。誰も何も言わなければ、仏間は驚くほどに静かだった。先ほどまで激闘が行われていたとは、とても思えない。


「なぜ、あなたたちの家系の人間を、悪霊はそこまで恨んでいるのですか」


 ジュントクは、スズリに目配せをする。話してやれと言うことだろう。それを受け取った彼女は頷き、「少し長くなるのですが」と前置きをして話始める。


「お話は、二百年以上遡るのですが……」


 そこで、スズリは言い淀む。何か、別のことを考えている様子だった。


「大丈夫ですか」


 心配するイチジョウの言葉で気を取り戻したのか、少し微笑んで言う。


「……若様たちが、お帰りになった時に話すことにしましょう」


 誰も、彼女の意見に反対する者はいなかった。一刻と衰弱していくジュントク。イチジョウは彼に、どうしても聞いておきたいことがあった。


「ジュントクさん。貴方に聞いておきたいことがあります」


「何だ」


 苦しそうに身を起こしながらも、体をしっかりとイチジョウへと向ける。


「こんな遠回りなことをされた理由は? ここまでしなくても、ナルユメさんは分かってくれたはずです。あの人は、そういう方です」


 そう聞かれたジュントク、はムッとしたように言った。


「まだわからんか。鈍感な連中め」


 その後、少しの間を開いたが、ジュントクは間違いなくそう言い切った。


「恥ずかしいからだ」




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