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拠り所の記憶

   午後八時零分


「話は、また二十二年前の宵山に戻るねんけど……」


 西エリアの人混みを縫いながら、ナルユメは話始めた。



       〇



「帰る前に、アイス買おか」


 買ってもらった蝶の玩具を楽しそうに振り回すナルユメに、父はそう話しかけた。


「うん」と頷き、彼は父の背中を追っていく。


 大通りの烏丸通を横道に逸れ、 屋台通りの唯一の大通りである烏丸通を東に逸れ、入った六角通から更に小さな路地に入ったところにある鉄製の重々しい扉を目の前にして、ジュントクが言った。


「ここや」


「お父さん、こんなとこ、入っていいの?」


 不安になったナルユメが訊ねたが、父は問題ないと言ってその扉を開く。


「なに、これ」


 思わずナルユメは呟く。そこには再び扉がある。


「まあ見とき」


 父が扉の隣に設置されたボタンを押す。開いた扉の奥を見て、それがエレベーターであることを悟るナルユメ。


「知り合いがやってる店がある。そこで、美味い氷菓が食べれるんや」


 室内に二人で乗り込んだジュントクは、B1のボタンを押す。やがて降下をはじめ、扉が開いた先に広がっていた光景に、思わずナルユメは声を上げる。大神社などで見かける、木製の回廊が、ずっと奥まで続いている。壁の側面には灯篭が吊り下げられており、青白い光を放っている。


「行こか」


ジュントクが迷わず歩き始めたので、ナルユメも恐る恐るついていく。


「ここは昔、貴族の墓を安置する地下施設やったんや」


 当時幼いナルユメに、その言葉の意味はよく分からなかったが、すごい場所だというのはなんとなくわかっていた。回廊の両側面にはいくつもの扉があるが、どれも固く閉ざされているようだった。


 無限に続く回廊のように思われたが、数分歩いたところで、最奥が見えた。


「あれや」


 父が指さす最奥には、こぢんまりとした屋台が設置されている。この空間に見合わない、どこにでもあるような小さな祭り屋台。


 近づいていくと、天狗の面をつけた店主らしき人物が、奥に座って書物を眺めているのが見えた。


「おや、ジュントクさん、お久しぶりだね」


 その店主は父の姿を見るなりそう言った。


「ノノシキさんも。まだ健在か」


 ノノシキと呼ばれる店主は、見た目よりも砕けた口調で話す男だった。


「ええおかげさまで。でも、近々息子に継がせるよ。すでに色々と仕込んでいる」


「そうか……。私ももうじきや」


「時の流れは早いもんだねえ」


 二人の会話の内容を、幼きナルユメは理解することができなかったが、二人とも、どこか悲しそうであった。近くにあるようで、どこか遠くに存在するものを眺めるような目。


「その子が、ご子息かい?」


 ノノシキが、ナルユメの方を見ていった。


「そうや。氷菓を作ってやってくれんか」


「ここは、アイスクリーム屋さんなん?」


 純粋に、ナルユメは思ったことを言った。すると二人は、愛しそうに笑いだす。


「そうだね。半分は正解だよ。でもね、ここはアイスを食べられるだけじゃない。お父さんや君が迷ったとき、必ず道しるべとなってくれるお店なんだよ」


 この店の名は『寄る辺商』であると、ノノシキは氷菓を作りながら教えてくれた。意図して訪れた人、意図せずに迷い込んだ人、そんな人の導きとなり、拠り所となることを祈って作られた店であると、彼は語る。


「……迷いごとがあるんだね」


 まぶしいものを見るような目で、ジュントクを見てノノシキは言った。


「……まあ、ちょいとな」


 氷菓を頬張りながら、店に置かれた懐中時計を物珍しそうに眺めているナルユメを見ながら、彼らは話し出す。




「……拠り所は決まったようかな」


「あんたの助言のおかげだ」


「なに、たいそうなことはしてないよ」


 幼きナルユメが、懐中時計の秒針が何回か回るのを面白そうに眺めていると、そんな会話が聞こえてきた。


「そろそろ帰るか」


 そう言って、ジュントクはナルユメを背中に担ぐ。氷菓を食べ終え、すでに眠りかけている。


「それじゃあねジュントクさん。次ここに来てくれるときは、カクシノという男が店主になっているだろう。私の弟子であり、息子だ」


「ああ。お前には、世話になったな」


「……覚悟は、変わらないんだね」


「自分で決めたことやからな」


「分かった。最後の宵山、楽しんで帰っておくれ」


 父の体温の心地よさで、半ば眠りについているナルユメの耳には、そんな会話が聞こえていた。当時の彼にとって、それはただの音声としてのみ記録されており、その意味までは何も分からなかった。


      


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