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凍仏


「京都府警です。六角通のビルの所有者から通報がありました。あなたたち先ほど、ビルの避難器具を無許可で使用してビルを降りてきましたよね。住居侵入、器物損壊などの罪に問われる可能性があるので、署まで同行願えますか」


 警察官二人組は、振り向き見開いたイヌマキの目を疑い深くジッと見つめている。


「あ、ええっと、その、すみません」


「下京警察署まで、一緒に行こか」


 後ろで黙っていた壮年の警察官が、しびれを切らして大きな声で言う。そこで、ミツメとナルユメも、ようやく背後で起こっていることに気が付いたようだった。二人は警察官を見たまま動かない。恐らくイヌマキと違って、どうやって彼らを振り払うかを考えているように見えた。


「ほんまに三人だけ? 五人ぐらいいたっていう通報やってんけどな」


 壮年の警官は、若者の悪ふざけに呆れている様子で言った。


「自分ら、大学生? こんなしょうもないことで、人生終わりたくないやろう? 大人しくついてきなさい」


 彼がそう言い終わるか言い終わらないかの瞬間、唐突にミツメが懐に忍ばせておいた狐面を頭上高くに掲げた。


「は?」


 高圧的だった二人の警察官も、あまりの突然のミツメの行動に、唖然としていた。その隙に、彼女は大声で語りだす。


「錫杖はいずこ、錫杖はいずこ。我ら見世物集団『奥の院』。蝶の舞う呪いを、天上より探し求める者なり。私は気まぐれで世俗に降り立った! サインを望む者、ここへ集え!」


 あまりの迫真の大声に、警察官どころか、周囲の見物客もそれに聞き入っていた。そして、ミツメの正体が祭りを騒がせた話題の見世物集団の最も人気な女狐妖怪だと知るや否や、ミツメの周りには芸能人を取り囲むような人だかりができた。

 「サインください」、「私も」、「僕も」と次々にミツメに人が押し寄せる。人だかりはさらなる野次馬を呼び、ものの数秒で収まりがつかない押し合いへし合いの大混沌となった。二人の警察官は「やめなさい」やら「ちょっと待ちなさい」などと言っていたが、一度できた人の渦には抗えず、イヌマキたちを見失ってしまった。面をつけたミツメだけに人が集中し、ナルユメとイヌマキとの距離が徐々に開いてくる。そんなとき、ミツメが彼らの方を向いて、叫んだ。


「今のうちに行って! 私も必ず追いつくから」


 そう言って彼女は、押し寄せる人並みに飲まれていった。その後も「写真もいいわよ」や「ちょっと、引っ張るのは駄目」などわたわたと聞こえてくる。余裕がなくなったのか、先ほどまでの演技口調はすでに消え去っているようだ。


あたふたとするイヌマキの傍ら、事態の収拾は不可能と踏んだナルユメが、イヌマキに「行こう」と促した。「あいつなら何とかしてくれる! 今は錫杖が優先や」


 カクシノに続き、ミツメまで。しかし後戻りができない分、前に進むしか道は無いのであった。


「どうかご無事で!」


 そして、もうこれ以上は警察を敵に回さないでと、イヌマキは心の中で付け加えた。




  午後七時四十五分




 真っ暗な視界の中、足元の水位だけが上がってくる感覚がある。溺死が迫る恐怖というものは尋常ではない。まだ顔は水中にあるわけではないのに、息がうまくできなくなる。


「武者震いを超えた、将軍震いがしてくる恐怖感だ……」


 フセミの声が聞こえてくる。すでに水は四人の腰辺りまで来ている。イチジョウは、京都で長年醸造された悪霊を、甘く見ていたようだった。これまで対峙してきた敵たちとは、比にならないほどの憎悪を、今更になって実感する。能力もさるべきながら、どうすれば人間を真に絶望させ、苦しませて殺せるかを熟知している。イチジョウ達でさえも足が震えるほどの恐怖。悪霊というよりも、死神に近かった。


「だが、ここで奴に呑まれるわけにはいかん……」


 そう言って、イチジョウは浄水ストローを使って思い切り水を吸い上げる。


「貴方の言った通りでした、スズリさん。もうこれしか、方法はなさそうだ」


「私もそれを、あらかじめ心得ておりましたので……」


 そして四人は再び、水風船のように水分を取りすぎた体内に、水を流し込む。少しでもいい。仏間が完全に浸水しきる時間を、一秒でも遅くしたい。そうすれば、ナルユメたちが錫杖を持ってきて、助けてくれるのに間に合う。ほんの一コンマの差が、生死を分けるのだ。水中毒になっても構うものかと、一心不乱に吸い込み続ける。


 だが、それは長くは続かなかった。


「意識が、飛びそうだ……」


 先ほどの水と違って、現在仏間に流れ込んでいる水は、刺すように冷たかった。ただでさえ、異変の影響で室内の温度が極端に下がっていた中、冷たい水による部屋の水没で、極度の低体温症が発症しかかっていた。更に水を一度に大量に飲んだため。内側からも体温が奪われていくばかりだった。


「皆様、気をしっかり」


 スズリの問いかけも、どこか遠い誰かの言葉のように聞こえてくる。それと同時に、ある疑問がイチジョウの頭を掠める。


「スズリさん、あなたは大丈夫なのですか」


 薄れる意識の中彼女に尋ねると、「私は寒さに強いのです」という答えが返ってきた。常軌を逸した低温であったため、イチジョウは彼女の言葉を少し訝しんだが、それ以上問いただす気持ちも起きなかった。


 そんな会話をしている間にも、水位の上昇率は格段に速くなってくる。すでに、最も身長の高いフセミの肩まで来ている。最も身長の低いスズリの全身が飲まれそうになったところで、三人は彼女を足を持ち、シャッターを開けるように上にあげる。


「……面目ございません……。私がいたばかりに」


「何を! 加勢してくれていたではないですか。あれが無ければ、我々はあの時点で敗北していたでしょう! ごふ」


 ついに、フセミの頭まで水位が上昇してきていた。スズリが気が付いた時には、イチジョウとヨツツジは、かなり前から全身を水にのまれていた。それにもかかわらず、二人は渾身の力を込めてスズリが溺れないように支えてくれている。しかしその力も、だんだんと弱くなってきている。


「フセミ様! 手立てはもうございませんか!」


 何かを決心したように、スズリは叫ぶ。


「実を言うと、もうないのです! ナルユメ殿たちが助けに来るという奇跡が、今ここで起こらない限り! 万策尽きた!」


 「人生に悔いなし! 南無三!」という叫び声とともに、フセミの声が聞こえなくなった。ついに、水にのまれてしまったのだろうと彼女は推測した。


「……もう、駄目か」


 スズリは水中の三人に聞こえないよう小さな声で呟いた後、力の限り叫んだ。


「主人様! もう限界でございます!」


 スズリがそう言ったのを、水の中で窒息寸前の三人は確かに聞いた。イチジョウは、部外者を巻き込んでしまったことを申し訳なく思いながらも、すでに限界だった意識を手放そうと全身の力を抜いた。


 次の瞬間、ぴしゃりと障子の開く音が聞こえた。その後、これまでの暗黒を忘れるほどの眩い閃光が、四人を包んだ。

 


昨日は投稿ができずに申し訳ありませんでした。

三章がもうすぐ終わります。どうぞ最後までよろしくお願いします。

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