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西区画

  午後七時三十分


「あのあたりが、僕らが捜索する最後の区画になるはず」


 大通りから南西を指さして、カクシノは言った。つまり、蝶舞の錫杖が売られている骨董屋台は、そのビル群の路地裏にあると彼は睨んでいた。


「にしても運が悪いなあ。よりによって、最後の最後に探す場所にあるかもしれんなんて」


 長時間重い獅子頭を被っているナルユメは、不満げに言った。東区画で派手に行動していたため、「四鬼夜行」の噂は下でますます広がり、彼らがビルを渡るたび、頭上で花火が始まったかのような歓声が上がっていた。特にミツメの狐面が好評のようで、「お稲荷様」という声が度々聞こえてくる。彼女もまんざらではないのか、先ほどよりも洗練されたステップで、妖艶さを醸し出す仕草を交えながら細い梯子を渡る。その様子は確かに、橋の欄干で人を惑わす女狐の妖怪みたく見えた。


「嘆いていても仕方ないわ。……ただ、ちょっと私たち、目立ちすぎじゃない? 下の人たちが盛り上がりすぎたせいで、またあいつに位置を補足されるかもしれないわ」


「盛り上がりの要因の八割はお前やで」


 幸い、『洛外秘倉』の刺客は山鉾での妨害以降姿を見せていない。彼らが自由に行き来できるのは、東区画だけなのかもしれなかった。だが、刺客たちがこちらの位置を把握したうえで奇襲を仕掛けてくる可能性も否定できない。何よりも早期決着が望まれていた。


「しかしなぜ……」と不意にイヌマキが呟いた。


「彼らは骨董屋台のない方角から近づいてきたんでしょうか」


「うーん、それはよくわからないね。僕たちの動向を、屋上に上がる前からずっと見てたんだろうか」


「だとしたら、私たちがビルに上るのを確認した後に、あんな遠くのビルまで言ってこっちに近づいてきたってことになるのかしら……。色々と謎が深まるわ」


 一抹の疑問と不安を生じながらも、彼らは根気よく路地裏の屋台を探し回った。しかし見つかるのは、懐中時計専門屋台や、甘酒飲み比べ屋台、殴られ屋屋台など、骨董屋台と似て非なるものばかりだった。


「おかしい……。ここが最後の裏路地のはずだよ」


 カクシノがまいった様子で嘆いた。


「見落としたってことは無いわよね」


「いや、この辺は碁盤の目状になってるから、そんなことは起こらないはずなんだ」


「意外と、大通りにあるとか?」


 ナルユメの発言に、カクシノは「それが一番可能性が高いね」といって、大通り側へと全員が向かおうとした時、不吉な音を立てて、すぐそばの扉が開く音がした。


「……しつこい奴だね」


 『洛外秘倉』の刺客は、包丁を構えながら、四人が今いる屋上の小さな小屋の中で待ち伏せしていたのだ。同じ屋上内にいる。今から降りても、隣のビルに梯子をかけても間に合わない。もう、逃げられない。そんな考えが全員を支配する。ただ一人を除いて。


「ふん!」


 いきなり、カクシノは刺客に大きく体当たりした。体勢を崩した刺客は再び小屋の中に戻される。その隙を狙い、カクシノは外から扉を閉め、全身を使って思い切り再び開くのを阻止しだした。


「カクシノさん!」


 唖然と叫ぶ四人に、カクシノは更に大きく言い放った。


「今のうちに行って! 僕も後で行くから!」


 「でも」と言いかけたナルユメに、カクシノは少し悲し気な表情になった。


「君なら見つけられる。必ず思い出せる! だから早く……」


 彼の言葉の深い意味を理解しようとするよりも早く、ミツメがナルユメの手を引いていた。


「もう時間がないわ! イチジョウたちも、いつまで耐えられるか分からない。カクシノさんの勇気を無駄にしちゃだめよ」


 そう言って梯子をビルにかけ、急いで西区画のスタート地点に向かう。


「あの、私も手伝いましょうか!」


 イヌマキは、一人で扉を押さえ続けるカクシノに言う。しかし、彼は首を振った。


「あの二人に着いていってあげなさい。僕は大丈夫だから!」


「でも……」


 彼が押さえている扉は、ドンドンと激しく叩く音が聞こえている。押さえるのが一人では、破られるのも時間の問題だろう。


「刺客が一人とは限らない。仲間は多い方がいいだろう? それに僕なら大丈夫。これからやることがあるからね。さあ、行った行った!」


 カクシノは、力の入れすぎで歪んだ顔で、努めて愉快にふるまう。その様子にイヌマキは少し涙ぐみそうになりながら、ミツメとナルユメの元へ走っていく。


「どうかご無事で!」



「あれ、滑り台じゃない?」


 カクシノが刺客を閉じ込めているビルから、百メートルほど離れてきたビルに、ミツメが避難用の降下滑り台を見つけた。それはらせん状になっていて、地上の裏路地につながっている。


「もう、ビルを渡る必要はないもんな。よし、降りよう」


 ナルユメの言葉で、一人一人そこを滑っていく。地上では逆に目立つため、身に着けていた骨董装備はすべて屋上に置いて言った。ミツメが「どうしてもこのお面だけは持っておきたい」と言ったので。それだけは手に持っていくことにした。


 降りた狭い路地は、屋台が設置されておらず、人もまばらだったが、ビルの間からいきなり滑り降りてきた三人に、仰天した様子だった。


「目立つとやばいから、先急ごう。大通りはこっちやな」


 ナルユメが先陣を切り、三人は大通りへと歩を進める。


「ねえ、さっきカクシノさん、妙な事言ってなかった?」


 ミツメの疑問に、先ほどの会話を思い出すナルユメ。


「ああ、たしか、『必ず思い出せる』やったな。うーん、今のとこ、なにも思い出せん……」


「さっきの山鉾みたいに、ナルユメさんがなにか役立つことを忘れてるってことかしら」


「あと、『まだやることがある』的なことも言っていました」


 思わずイヌマキも口を挟む。その言葉で、さらに彼の真意が迷宮に入っていく。


「切羽詰まって、適当なこと言ってしもうた可能性もあるがな……。さあ、もう大通りに出るぞ」


 大通りに近づくにつれ、夥しい人の量になってきた。七月なだけあり、空は八時にも近づこうというのに未だうっすらと明るく、祭りの暖かい明りが、それを囲む雑居ビルと、空の深い青に包まれている。繁華街と祭りの融合。こんな景色は、きっとここでしか見れないだろうと、初めて見たイヌマキは思った。


 大通りを目の前にし、人ごみがピークに達したとき、最後尾にいたイヌマキの肩を、誰かが掴んだ。びくりと驚いて後ろを向くイヌマキ。刺客が追い付いてきたのかと思ったが、そうではないようだ。そうではないが、もしかするとそれ以上に最悪かもしれないと、彼女は思った。


「警察です。六角通のビルの所有者から通報がありました。あなたたち先ほど、ビルの避難器具を無許可で使用してビルを降りてきましたよね。住居侵入、器物損壊などの罪に問われる可能性があるので、署まで同行願えますか」



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