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潜入 フェーズ1

四月十六日

   午前九時七分 都内 R区画


「本当にごめんなさい。わざとじゃなかったのよ」


 作戦当日、駅から物件に向かう道中にて、イヌマキが三日前の喫茶店のことを尋ねると、ミツメは顔を真っ青にして平謝りした。


「そんな気にしないでください。わざわざお時間をいただいたので」


「相変わらず、どこか抜けてるな君は」


 そう言ってニノツキが豪快に笑う。


「いいから、早く金を返してやれ」


 事務的なこと以外あまり話さないイチジョウも、この時だけは口を挟む。


「わかってるわよ」


「後でもいいですよ」


「いや、こいつは悪気なくすぐ忘れる。いま貰っておけ」


「……返す言葉もないわ」


 しゅんとしていたミツメだが、数分もすると再び元の調子に戻って言った。


「イヌマキちゃん、作戦の制服、似合ってるね」


 奥の院の伝統で、作戦中は全員で漆黒の背広を身に着けることになっている。黒は最も霊に強い色だからだとイチジョウが説明していた。イヌマキの隊服も、先ほど集合場所にて渡され、新調したばかりだった。


「サイズもぴったりで良かったではないか」とニノツキが言う。


「ありがとうございます。でも、スーツなんて着たことなくって……」


「そうよねえ。最初は生地が固いから動きづらいと思うけど、だんだん柔らかくなってくるから」


 「ほら」といってミツメは自身が着ている背広を見せてきた。確かに、堅物な見た目からは想像できない程に馴染んでおり、数年間着古したパジャマのようになっていた。加えて所々に、擦り傷とも切り傷ともつかぬ、正体不明の汚れが至る所に付着していた。


「これは、何の傷でしょうか……」


イヌマキが思わず訪ねると、ミツメは口元に笑みを浮かべた。


「知らないほうが良いこともあるわ、イヌマキちゃん」


午前九時三十二分


「……到着だ。潜入準備はできているか」


 ロケーションとなる住宅は、思ったよりも新しく、まさに新居という印象だった。こんなところが事故物件なのかと、イヌマキは疑った。イチジョウの声に、全員が頷く。先ほどの空気とは違って、緊張を孕んでいた。


「それでは、作戦№00324を開始する……。この家を、清いものにしてゆこう」


 扉の鍵を開け、中の様子を確認するイチジョウ。安全を確認したのか、突入のハンドサインを示し、一同が彼に続く。扉の奥は小さめの玄関で、奥に廊下が続いている。いわばごく普通の住宅である。扉の鍵を閉めたリーダーの後をついていき、正面の扉を開けると、リビングルームだった。


「ここが、主要拠点になるだろう。各自、荷物はここに置くように。では改めて、全員で確認しておこう」


 各々が荷物を置き、イチジョウの方を向く。


「これよりフェーズ1に入る。こちらからは何のアクションも起こさない。敵の出方を見る。分かっているだろうが、何があっても敵の攻撃にリアクションしないように。それと、絶対に単独行動をとるな。たとえ家の中であってもだ」


 単独になってはいけない。この規則に、イヌマキは今自分がどのような場所にいるのかを再認識させられ、恐怖心が増した。そう、ここは数々の人を引っ越しにまで追いやった事故物件。その事実を、この奇妙な作戦自体に気を取られ、忘れてしまっていた。


「怖がることないわ。私たちがいるから」


「我々を侮ってもらっては困るぞ、イヌマキ君、多少のことで怯みはしない」


 委縮したイヌマキの様子が伝わったのか、ミツメとニノツキがすかさずフォローに入る。


「一人にならなければ問題はない。それとヨツツジ、準備は頼んだぞ」


 作戦が始まってから一言も発しないヨツツジは、小さく頷き、荷物から取り出した数キロほどの米を、リビングの隅に置いた。


「こういう場合って、盛り塩とかではないのですか」


「あれは除霊に直接は関係ないの。いずれ分かるから、楽しみにしてるといいわ」


「はあ……」


「とにかく、作戦開始だ。各自、気を引き締めていけ」



午前十時三十五分


 ―作戦開始から一時間ほどが経過した。


「イチジョウさん、UNOっていいました?」


「……言ったと思うんだが」


「私は覚えてないけど、ヨツツジは首を振ってるわよ」


「嘘はいかんぞイチジョウ、潔く認めたまえよ」


「ああ分かった分かった、俺の負けだ。全く、つまらん負け方をしたな」


 彼らがこのようなアナログな遊戯に興じているのも、最もな理由があった。フェーズ1は、相手の出方を見るのみで、こちらからの干渉はしないことになっている。となると、できることはただ待つこと。暇をつぶす以外に方法はないが、電子機器を持ち込むと、敵からの干渉で使えなくなってしまうことがある。相手を刺激しないためにも、チェスやトランプなど、古風なゲームで退屈をしのぐしかないのであった。


   午後零時二十五分


全員がUNOに飽きてきた頃、二階からガチャリと、扉を開く音がリビングまで響いた。全員の動きが、一瞬止まる。ガチャリ、ガチャリと、何度も扉を開け閉めする音が響く。


「……次は負けんからな」


「そろそろ、別のゲームにしない?」


「私も、丁度飽きてきたところだったのだよ」


 人間ではない何かが、二階にいる、その中で、普段通りにふるまうことの難しさを、イヌマキは痛感した。自身の体が小刻みに震えるのを感じる。それと同時に、一瞬怯んだものの、すぐに通常運転に切り替えることのできている他のメンバーのプロ意識に脱帽した。


 その後、人生ゲームやトランプに興じる間にも、ドアの開閉音やどこから鳴るラップ音、置いてあった瓶がひとりでに倒れるなどの現象が、高頻度で起こるようになってきた。イヌマキもはじめは委縮した様子を見せたが、ミツメやニノツキが努めて愉快にふるまってくれたので、平常心を保ちながら過ごすことができた。家を空けることは、霊の独壇場を用意することになるため、食事はすべて出前を取った。配達員は、若い男女数人が配達物を取りに来る様子を見て一瞬怪訝な様子を見せたが、特に何も言わなかった。


  四月十七日 午前三時二分


 夜になり、就寝時間になった。リビングに五人分の敷布団を敷いて、睡眠の準備を整える。全員寝てしまうことは危険なため、二人ペアになり、二時間ずつ交代でその場を見張ることになっていた。イヌマキはニノツキとペアになり、見張りの時間、彼は退屈を紛らわすため、大学での苦労話をしてくれた。


「こんな身なりだからか知らんが、この前は教授と間違われた。それと私は太っているだろう?裏では達磨教授と呼ばれているらしい。全く難儀だ、どうしたものか」


 四人のメンバーの中では最も安心感を感じられる人だと、イヌマキは思っていた。これが、大学に人一倍居座った貫禄だろうか。


「しかし貴公、よくこんなおかしな作戦から逃げなかったものだ。同期もいないのに、殊勝なことだ」


「いえ、そんなことは……」


「謙遜も結構だが、もっと自分を褒めたまえ、心が丈夫になる」


 こう話している間も、蛇口から水が勝手に流れたり、窓に小石がぶつかるような音もなった。こんな有様では、入居者が早々に引っ越すのも無理はないと思うと同時に、理由もなく脅かされることに対しての腹立たしさが湧いていることに、イヌマキは気づいた。


「貴公も、やはりこういった霊的なものに造詣が深いのだろう?」


 二人称が『貴公』であることの異様さは置いておくとして、当たり障りのないニノツキの質問であったが、イヌマキには少し答えずらい質問だった。


「貴公……? ええ、いや……。ホラー映画とかは好きだったんですけど。別にそこまで興味があるとか、知識があるとかは無くって。すみません」


「なに、気にすることはない。私だって、取り立てて興味もなかったが、入ってみると面白くてな、色々経験していくうちに、『歩く心霊辞典』などという称号をもらうまでになった。だがそのおかげで、学業は振るわなかった。もう七年も、この大学に世話になっている」


 そういって、ニノツキはまた豪華に笑った。そして「うるさい」と眠っているミツメに怒られていた。


「それほど熱中できる活動があるのは凄いです。私、大学に入ってからどんなサークルにも馴染めなくて……」


「そこに馴染めないことを、自分のせいにしてはいけない。向こうが貴公に馴染めなかっただけだと思えばよい」


 ニノツキは、窓が開いているわけでもないのにひとしきりに揺れまくるカーテンを細い目で眺めながら言った。


「でも私、これまで入ろうとしたサークル三つ、全て撃沈でして……。この奥の院でも、正直皆さんと上手くやっていけるかどうか……」


 こんなところで意地を張っても仕方がないと思いながらも、ついイヌマキは言ってしまった。話すのは苦手なくせに、こういう時におしとやかにできない自分が嫌になる。ニノツキは変わらず、超常的力にて靡くカーテンを面白そうに眺めている。


「ここに馴染めるかどうか……、それは分からない。すべては貴公次第だ。だがしかし、少なくとも私は、イヌマキ君はここに必要不可欠な人間になると睨んでいる」


 そういって彼は、「四月であれど夜は冷えるな」と言って自分の毛布を体に纏った。丸い体が更に丸みを帯びて、本当に達磨のように見えた。


「どうして、そう思ったのですか」


 純粋な疑問として、イヌマキは尋ねる。布団達磨は「そうだなあ」言ってイヌマキの方を見た。

「貴公を初めて見た時、ただそう思った。要するに勘だよ」


「勘、ですか……」


 何の根拠もないただの勘と言われ、イヌマキは拍子抜けながら呆れた。何か、高尚なことを言ってもらえると思っていたのだが。そんな様子をくみ取ったニノツキは、ミツメを起こさないよう再び控えめに笑った。


「呆れているな。だがあのカーテンを見たまえ。あんな訳の分からぬ超常的力ががこの世に存在するのだ。それなら勘くらい、信じても良さそうな気がしないか?」


 先ほどよりも格段に激しくなってきているカーテンの暴走を見ながら、イヌマキは頷いた。


「……確かに、なぜかそう思えてきました」


 「でも、これも勘です」とイヌマキが付け加えると、確実にミツメに怒られてしまうであろう大笑いが部屋に響いた。

   

午前四時十八分


「ご苦労だったな。交代の時間だ。眠ってくれ」


 目覚ましもかけず、2時間ぴったりに目を覚ましたイチジョウが言った。


「イチジョウさん、一人で見張られるんですか」


「いや、ヨツツジが起きている。無口で気づかんかっただろうが、こいつはずっと起きてる。ショートスリ―パーだからな」


 よく目を凝らすと、作戦会議の時と同じ姿勢で、リビングの隅に立つ無言のヨツツジが見えた。知らない人が見たら、幽霊と間違うだろうなと、イヌマキは思ったが口には出さぬよう慎んだ。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

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