キュート・リフレクション
午後六時五十七分
イチジョウ達迎撃チームが、悪霊との戦闘を開始してから、すでに一時間ほどが経過しようとしていた。
「イチジョウは三時、フセミは九時の方向」
自動音声のようなヨツツジの声が、仏間に響く。
「こっちか」
「承知!」
彼の指示をを聞いて、二人は指定通りの方向へと体を向け、手に持っているハンドミラーを正面に向ける。すると、二人へ接近していた痩せた泥人形のような悪霊が、呻き声を上げながら消える。
「次はどこからだ?」
イチジョウの問いに、部屋の隅で背後をとられない体勢で室内を監視しているヨツツジは「イチジョウは六時、フセミは二時の方向」と淡々と指示を飛ばす。動体視力は、奥の院随一の速さを持っている。
敵は何としてでも不意を打ち、イチジョウたちに憑りつきたいらしい。そのため、触媒となる泥人形の数を物理的に増やし、背後をつこうとしてくる。その度にイチジョウらはハンドミラーを相手に向ける。
「流石、デコレーションミラー、効果は抜群!」
フセミが自信ありげに言い張る。そう、この鏡は、ただの鏡ではない。正面を映す鏡部分に、キラキラと可愛いデコレーションシールが無数に貼られている。その様子はまさに、女子小学生の懐かしのシール帳を思い出させる。幽霊は等しく鏡に映ることを嫌う。更にそこへ、まばゆいほどのキュートを詰め込めば、もうその場にはいられなくなる。「キュート・リフレクション」。葦苅や尾張羽のように、コストのかからない迎撃方法として重宝されている。ちなみに、デコレーションミラーのデザインは、総じてミツメが担っている。
「イチジョウの三時、五時。フセミの九時、六時」
「明らかに多くなってないか」
「……現時点で四体だ」
「うーむ! 珍しく私が、少し焦っているぞ!」
二人は何とか対応できてはいるものの、霊との距離は、先ほどよりも確実に取れなくなっている。しかし被害をこの部屋の外にまで持ち出すことはできない。スズリやジュントクがこの屋敷にいる。この仏間だけで完結しなければならない。彼らにできるのは、何とか持ちこたえながら、蝶舞の錫杖の到着を待つことだった。
「イチジョウ、六時の方向だ……!」
珍しくヨツツジが大声を上げる。その剣幕に驚きイチジョウが急いで振り向くが、泥人形はすでに彼の頭へ手をかけていた。反射的にブレイン・フィリングを発動しようとしたイチジョウ。しかし、無心で山月記冒頭を唱え始めた視界に映ったのは、呻きながら消える泥人形であった。
「すまない、フセミ」
そう言ってフセミの方を振り返ったイチジョウだったが、彼は別の泥人形と対峙している最中であった。ヨツツジの方を見ると、彼はイチジョウでもフセミでもない、一点を見つめて動きを止めていた。
「お手伝いいたします」
凛とした声が仏間に響き渡る。
「スズリさん」
あっけにとられながらもイチジョウは呟く。その後すぐに我に返り、「危険です。部屋から出ていてください」と強く説得しようと試みた。しかしおしとやかな振る舞いに似合わず、彼女は首を振った。
「このお屋敷を守ることが、私のお仕事ですので」
「自身を危険にさらすことはない。この件は我々にお任せを。あなたのような人が、こんな泥臭いことをするべきではありません」
そんな会話をしている間も、スズリは四方から接近してくる悪霊の群れにおびえもせず、海月のような軽快さで標的に鏡を向けている。
「そうだぞ。もっとおしとやかでいてくだされ」
フセミも口を挟むが、それに対して彼女はふふふと笑った。
「……慎ましく、お行儀よく振舞うことに、少々飽き飽きしておりましたので」
そういってスズリは、懐に忍ばせていたもう一対のハンドミラーを取り出した。
「お三方の戦いぶりを、こっそりと拝見させていただきました。よく似た鏡が、屋敷にあったもので」
こうなると説得することは不可能と判断したイチジョウが、諦めてキュート・リフレクションの原理を解説する。霊と対峙しながら楽しそうに頷く彼女の姿は、見る者に金魚すくいの順番を待つ少女を彷彿とさせた。ひとしきりの説明を受けた彼女は、「なるほど、興味深いです」と感嘆している様子だった。
「これは幼少期、自身で装飾した鏡でございます。あの時はまだ何もわからぬ娘でしたから……。それが今になって、悪霊退治に役立つとは。人生はまことに珍味でございます」
「なるほど……」
彼女の印象とは正反対のキラキラのデコレーションに、イチジョウは苦笑した。鏡の装飾はミツメという隊員が行っている旨を伝えると、彼女は楽し気に「一度お会いしたいものです」と言った。
スズリという協力者のおかげで、増殖した泥人形の対処も容易になった。彼らは合計百体以上の泥人形の群れを華麗にデコレーションした上で消し去った。
「イチジョウ九時、フセミは三時、……スズリさんは六時の方向です」
「かなり囲まれている……。全員注意! 本体は攻撃できないが、これで時間を稼げる」
「うむ、そして蝶舞の錫杖で本体を退治……。完璧ではないか!」
「若様は、蝶舞の錫杖を見つけられたでしょうか……」
そんな会話をしながら、彼らは捜索チームの到着を待つ。悪霊、その本体が、未だ奥の手を封じていることを、彼らはまだ知らずに。




