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宵山大横断

   午後六時三十分


「錫杖はいずこ、錫杖はいずこ」


 人がごった返す高倉通の頭上に、奇妙な言葉を発しながらビルとビルを綱渡りのように移動していく奇妙な四人組。「なにあれ」や「すごい」など、人ごみからの声が時々上がってくる。「流石祇園祭やなあ」という声が聞こえてきたとき、小豆色の半纏を羽織り、狐の面をつけたミツメは笑い出した。


「ほんとに、誰もおかしいと思わないのねえ」


「みんな、お酒も入っているからね」


 後ろから天狗面をつけ、やはり小豆色の半纏を羽織ったカクシノが言う。最初こそビル間の橋渡を恐れていたものの、だんだんと慣れてきて、注目されるのが嬉しくなってきたミツメは「もっと大道芸っぽくしたい」という理由で、「錫杖はいずこ」という文句を謳いながら梯子渡りを行うという形式にになった。


「でもこの半纏はいらんかったでしょう。こんなん、夏に着るもんじゃないって」


 最後尾で獅子舞の獅子頭を被ったナルユメがぼやく。そんな様子を最前のミツメが振り返って笑う。そのけたけたとした笑い声は、狐の面とよく似合う。


「統一感があった方が、パフォーマンスっぽくて良いじゃない。それにナルユメさんが一番似合ってるわよ」


「お前、あんまり言うたら頭を噛むぞ」


「羽織るものがこれしかなくってすまないねえ。確かこれは、ナルユメ君のお家から頂いたものだったと思うんだけど」


 そんな言い合いに挟まれている翁面のイヌマキは、屋上の間から見える祭りの様子に見入っていた。大通りのような歩行者天国、ずらりと並ぶ屋台を想像していたが全くそんなことはなく、程よい高さのビルやマンションに挟まれた一方通行の路地に多くの人が歩く。そこにぽつりぽつりと露店が並び、酒屋や小さなスーパーなども、店の前に机を並べ、ジュースやらお酒やら唐揚げなどを売っている。マンションのバルコニーでは、そこの住人が往来を眺めている。壮大なお祭りの余韻をうっすらと塗り広げた様な光景に、なんとも不思議な心地を覚えた。


「イヌマキさん、大丈夫かい」


 カクシノが天狗の顔を覗き込ませて言う。確かに翁面が往来を眺め、物思いにふけっていたら、さぞかし異様な光景だろうなとイヌマキは自分で思った。


「いえ、とても素敵な光景だなって」


 顔が面で隠れているので、イヌマキは普段よりも堂々とした様子で言った。「想像していたお祭りと、全然違います」


「これで京都を好きになってくれたらいいんだけど」


 そうミツメが呟く。街の何処かから、祭り囃子の音が聞こえてくる。


 そうして四人は、しばらく頭上捜索を続けた。路地裏には確かに、変わった夜店が幾つかあった。スパークリングワイン専門屋台であったり、占い屋台があったり、さすが京都と呼びたくなるものも多く見受けられた。ドジョウすくい屋台を発見したとき、ミツメが大いにやりたがったので、それを止めるのに苦労した。そして時折、祭りの光景を頭上からたしなみながら屋上で宴会を行っている人々にも遭遇した。彼らは四人を見て一瞬ギョッとしたような顔になったが、「御免あそばせ。我ら見世物集団『奥の院』。どうぞお見知りおきを」というミツメの即興の台詞にて窮地を脱した。その様子を見ていたカクシノが、「伊達に幽霊を相手してないね」と感心していた。


「見つからんなあ」


 不意に、ナルユメがぼやく。全員薄々と思い始めていたことだった。珍しい夜店はあるけれども、『洛外秘倉』の骨董屋台は一向に見つからなかった。


「少し場所を変えようか。さっきの大通りを挟んで向こう側のビル群に移動しよう。一旦、出発地点のビルに戻って……」


 そう言いかけたところで、カクシノは声を止めた。遠くの一点を見つめたまま、動かない。それに気づいた三人も彼と同じ方角を見る。


「何でしょう、あれは」


 四人と同じように、ビルの屋上から隣の屋上へと移動している一つの人影。梯子もなしに跳躍のみで移動している様子から、異様な身体力であることが分かる。それがだんだんとこちらへ近づいてきている。距離が近づくにつれ、その姿もはっきりとしてくる。イヌマキたちと同じように、面をかぶっている。恐ろしい形相の般若の面。頭から下は黒い布をマントのように羽織っており、よく見えない。


「まずいことになったね」


 カクシノがそう呟く。


「なんすか、あいつは」


 ナルユメの問いかけに、カクシノが答える。


「『洛外秘倉』の連中だ。僕らが蝶舞の錫杖を取り返しに来るのを悟って、妨害に来たに違いない」


 『洛外秘倉』の刺客は、四人の姿を目視でとらえると、先ほどよりもスピードを上げてビルを疾走しだした。


「逃げよう!」


 カクシノが叫んだ。


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