静謐なる仏間
午後六時十分
「……」
「……」
「……」
イチジョウたちが仏間にて六時を迎えてから十分。特に何も起こらない室内の様子を訝しみながらも、三人は警戒を解いてはいなかった。時折不気味な音が聞こえてきては身構えるが、それは烏の鳴き声や、近所の子供が祭りのついでに遊ぶ爆竹の音であった。三人とも、それで調子を乱す器ではなかったが、長時間薄暗闇のなかで警戒を解かずにいるというのは、中々神経に触れるものがあると、イチジョウは感じ始めていた。
「うーむ、二人とも、只今は夏であるよな?」
最初に異変を共有したのはフセミであった。言われてみると、肌に触れる空気が先ほどよりも数段、冷たいように感じる。しかしイチジョウは、冷静さを崩すことなく言った。
「神経が高ぶっているからだろう。俺もそう感じていた」
「まあ、そうだと良いのだが」
「皆さま」という女の声が部屋に響いたので、三人はいっせいに声の下方向を見て、葦苅を構える。そこには、襖をあけて正座をしているスズリが、イチジョウたちの方を見据えていた。
「ここへきては行けません。早くお父様のところへ戻って」
慌ててイチジョウは彼女を安全な場所へ戻そうとするが、スズリは動じず、凛とした態度で言った。
「お気づきかと思いますが、屋敷に異変が生じ始めています」
そう言われて三人が真っ先に思ったのは、この温度だった。先ほどよりもさらに空気が冷たくなり、どう考えても神経のせいにはできなくなってきていた。今、床や壁などを濡れた手で触れれば、張り付いて離れなくなるだろうと思えるほどの冷たさ。
「なんとも恐ろしい。気温を操るとは」
フセミは戦慄しながらも、少し感嘆しているように見えた。イチジョウは内心呆れ気味になりながらも、事態の深刻さを案じていた。落とし神ですら、自然現象を操るなんてことはしなかった。となるとこの屋敷から現れる悪霊というのは、それよりもっと恐ろしいのかもしれない。
「ですので、こちらをお三方に」
そういってスズリは、三人分の半纏を差し出した。それは暖かい小豆色で、元旦の炬燵を彷彿とさせた。見ると彼女も、同じものを羽織っている。涼しげな目元が、よりいそっそう寒そうに見える。
「恩に着ます。しかし、仏間に入るのは危険ですので、これ以上はお気になさらず」
イチジョウがそう釘を刺すと、彼女は「奥の院一同の手助けをすること、これは主人様から仰せつかっていますから」といって、スッと襖を閉めた。
「なんとも強か……。彼女のためにも、精進せねば」
後ろから、フセミのつぶやきが聞こえる。その通りだと、イチジョウは思った。関係のない彼女に、これ以上被害を受けさせるわけにはいかない。三人は半纏を改めて深く着込む。全員がずんぐりとしてしまい、緊張感は無くなったが、使命感は増した。
時間が経つに低くなっていく気温に耐えながらも、イチジョウが不意に目を見開き、数秒制止した。
「総員、迎撃姿勢」
我に返ったイチジョウがそう叫ぶと、全員が仏間の方を見る。豪奢な作りの祭壇の最奥、その観音開きの扉の奥で、何かが蠢く気配がした。




