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四怪変化

  午後六時七分


「こんなところ、入っていいのかしら」


 屋台通りの唯一の大通りである烏丸通を東に逸れ、入った六角通から更に小さな路地に入ったところにある鉄製の重々しい扉を目の前にして、ミツメが呟いた。


「大丈夫。僕を信じておくれよ」


 カクシノはそう言いながら、その扉を何の躊躇もなく開いた。その先には、再び扉が設置されている。


「なんじゃこりゃ」


 素っ頓狂な声を上げるナルユメ。しかしよく見ると、その扉の横にはボタンが取り付けられており、それがエレベーターであることが分かる。上矢印のボタンをカクシノが押すと、スライド式の扉が開く。その中は、一般的なエレベーターと変わらなかった。


「さあ、はいったはいった」


 ずかずかと入っていくカクシノについて、三人も乗り込む。階数ボタンは一から九まであり、カクシノは三→九→六→四の順番で押している。何をしているかさっぱりで唖然としていたイヌマキたちだったが、いきなり扉が閉まり、ものすごい速度で上昇を始めた感覚がした。


「何をやったんですか」


 急激に気圧が上昇する感覚に苦しみながら、ナルユメが尋ねる。そんな中平然としているカクシノが言う。


「あれは暗号みたいなものさ。あの順番で押さないと、最上階に行けない」


 やがて「屋上階、屋上です」というアナウンスとともに、扉が開いた。そこは何の変哲もない雑居ビルの屋上で、ずいぶん高いところまで連れて来られた感覚に陥っていたイヌマキたちは、自分たちがそこまで高い位置にいないことに驚いた。ビルとビルの隙間からは、祭り特有の暖色の光とざわざわとした喧騒が上がってきている。上からでは、まるで別の世界の片隅を覗き込んでいるようであった。


「こんなところで、何をするのですか」


 イヌマキの問いに、カクシノは両手を広げ、周りの景色に注目してもらうようなしぐさをとった。


「ビルの周りを、よく見てごらん」


 そう言われて三人が周りを見ても、ただ首を傾げるのみであった。周りには、イヌマキたちがいるような雑居ビルの屋上が見渡す限り続いているだけだった。耐えかねてナルユメが言う。


「なんにも見えんやないですか。ただ同じような雑居ビルがあるだけで」


「それだよ」


 意味が分からず三人が黙っていると、カクシノは得意げに続ける。


「ここ京都の中心地は、同じような高さのビルが無数に並んでいる。ビルの屋上から屋上へ移動すれば、人ごみに悩むことなく、路地裏に構える骨董屋台を見つけることができる!」


 「完ぺきな作戦だろう」と鼻を鳴らす彼を見ながら、ミツメが「ちょっと待って」と言った。「屋上と屋上の間を移動って、流石に無理があるわ。パルクール選手じゃあるまいし」


「もちろん、“生身で屋上を渡る”のは無理がある。こちらにおいで」


 そう言ってカクシノは、屋上の隅に置かれた小屋へ移動する。木造のかなり古い作りとなっており、どう考えても雑居ビルの屋上とはそぐわない見た目をしている。その小屋の南京錠を開けたカクシノに続いて、全員が小屋に入る。薄暗い蛍光灯に照らされたそこは、小さな倉庫のようだった。内容物は狐の面や正体不明の壺、不気味な形の陶器など、いかにも骨董品といえるような物たちばかりであった。


「ここは代々続く辰巳商の倉庫でね。ガラクタもあるが、意外な貴重品もある」


「まあ、この猫の陶器。可愛いわ」


 ミツメが見入っていたのはずんぐりと太った目の細い猫の陶器で、「良かったらお土産にどうぞ」とカクシノは言った。喜びに舞うミツメをよそに、彼は奥から何やら細長いものを取り出してきた。


「これは、室町時代、承久の乱真っ只中の京都で実際使われていた梯子だそうだ。なんでも、城に攻め込む際に建物に立てかけていたらしい。もろい作りに見えるかもしれないが、重装備の兵士が乗っても崩れない。豊かではない物資で頑丈な作りに工夫して作られている時代の産物だね」


 その説明を聞いていたナルユメは、ようやくカクシノの意図を理解したようだった。


「なるほど、それでビルの屋上と屋上とを繋ぐんですね」


「大正解!」


「確かに、それだと見つけにくい路地裏も捜索できるわ」


「このビルもこの梯子も、僕の所有だから、問題なく使える。まずは、建物の東側から移動していこうか」


 士気が上がる一同の中、とある不安が頭を掠めたイヌマキが「あの」と声を上げた。


「これって、怒られないんでしょうか。不法侵入とかで……」


 うっすらと同じことを思っていたのだろうか、ミツメとナルユメも「確かに」と頷く。カクシノは、やはりそれも予想していたかのように笑って言った。


「問題ないわけないよ。だから君たちには、少し姿変えをしてもらう必要がある。こいつらを使ってね」


 そういってカクシノは、小屋の中を見渡した。


「お面やら衣装が、ここにはたくさんある。好きな何かに変身できるよ。妖怪みたいな恰好をすれば、そういう見世物集団に見られるはずさ」


「ほお!」とナルユメは感嘆の声を上げる。「面白いし、画期的ですよそれは」


「老舗骨董屋の貴重品を身に着けられるなんて、こんな機会もう二度とないやろうなあ」と言い、小屋内を物色し始めた。


各々が衣装を選んでいる間、しきりに狐の面をかぶりたいと騒いでいたミツメが我に返り、「でも」とこぼした。「そう上手くいくものなのかしら。ビルとビルを渡る妖怪見世物集団なんて、おかしさ満載よ」

その問いかけに、「それは大丈夫」とすかさず言ったのは、カクシノではなくナルユメだった。


「ここは京都。さらに祇園祭の宵山やで。多少のおかしなことは、それで済まされるはずや」


 うんうんと頷くカクシノ達を見て、「そういうものなのかしらねえ」と苦笑しながらも、自らの衣装選びに没頭し始めた。


「ねえ。イヌマキちゃんはどうするの」


 ミツメの問いかけに、イヌマキは能に使われていたであろう翁面をかざして「これにします」と言った。それを見たミツメはぎょっとして言った。


「それでいいの……? もっとかわいいのがあるじゃない。ここにほら、招き猫のお面とか」


 「いいえ」とイヌマキは珍しくきっぱりと言った。「これ、被ってみたかったんです」



        〇



「もしもし」


 ナルユメ達三人が、小屋の中で衣装を物色していたさなか、カクシノは「ちょっとお手洗いに」といって屋上の隅に移動していた。彼が耳に当てる携帯電話から、声が聞こえた。


『……カクシノ様?』


「うん。そっちの様子はどうだい、スズリちゃん」


 電話の向こうのスズリは、少しの間を置いた後、口を開いた。


『奥の院、迎撃の方々が、先ほど作戦を開始されました』


「そうかい」と言ってカクシノは眼下に広がる六角通を眺めた。夜の底の人波が、遥か東の寺町アーケードまで続いている。そこからこちらへ向かってくる人も、いまからそっちへ向かう人も様々で、細い道に入り乱れている。


「こっちも順調だよ。しかし奥の院の子たち、思ったよりもずっと柔らかいな」


『私も、そう思っておりました』


「そうだよね。……とりあえず、そっちの首尾が上々なようで一安心だよ」


『カクシノ様も、どうかお願いいたします』


「任せてよ。それじゃあ」


『はい』


 携帯電話を懐へしまったカクシノは、「さてと」と言いながら、ナルユメ達がいる小屋へと向かい始める。雑多なビルが所狭しと軒を連ねる、田舎とも、大都会ともいえぬ京都の街並みを眺めながら、彼は呟く。


「奥の院、ねえ……」



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