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硯箱

[!!名称変更!!]

本章より、『ニノツキ』の名称が『フセミ』に変更されています!

ややこしくて申し訳ございませんが、これまでが納得のいく名称ではなかったため、変更させていただきました。

よろしくお願いします!

(名称変更 『ニノツキ』→『フセミ』)


午後四時三十七分


「思ったよりも広いな」


 敷地への門をくぐった時、イチジョウが思わずつぶやいたのはそんな言葉だった。京都市左京区、北山という区域の山沿いに面した閑静な住宅街で、ナルユメ邸はその地域で最も立派な佇まいをしていた。


「地主というのは伊達ではない。この大きさなら、儀式というのももさぞかし立派なものであっただろう」


 後ろからついてきているフセミが言う。その更に後ろで、ヨツツジも物言わず歩いてくる。


「二人いないだけで、一気に静かだな」


 原則的に、チームが分かれて行動することなど一切なかったイチジョウたちにとって、この静けさは新鮮であった。


「この三人だと、あまり華がないなあ」


 フセミはそう冗談めかして笑っているが、大方イチジョウも同意だった。


「ああ。そしてそれが、悪い方に傾かなければいいんだが」


この三人は良い意味でも、そして悪い意味でも静かで、落ち着ている。有事には冷静に対処できるだろうが、落ち着きすぎているあまり、生命力に欠けているような気もしていた。ミツメのはつらつさや、イヌマキのフレッシュさがない分、ここに霊を跳ね返す雰囲気があるかと聞かれると、微妙なところだった。


「結局のところ、技術や知識云々よりも、生命力や精神力だからなあ。それは承知している。よし、私が普段にもまして溌剌としていよう!」


 そう言って力をみなぎらせているフセミを横目に、イチジョウは屋敷の扉をノックした。数秒もしないうちに、その重い扉が開く。そこには、一人の女性が立っていた。


「よくお越しくださいました」


 扉を引きながら、彼女は言った。年齢はイチジョウたちとそう変わらないだろうが、大人びて見える。黒く長い髪を丁寧に結い、着物を身に着けている。見た目から判断するに、ナルユメが言っていた使用人だろうと、イチジョウは思った。


「我々、ナルユメさんからの依頼でまいりました。事故物件完全攻略サークル『奥の院』の者です」


 イチジョウがそう言うと、その女性は「ナルユメ?」首を傾げた。


「ああ、若様のことですね。お話は伺っております。本日ははるばる、ご苦労様です。わたくし、このお家の使用人をさせていただいております。スズリと申します」


 自身を「スズリ」と名乗るその使用人は、奥の院一同に、「ご案内します」と言って奥の座敷へ案内する。手慣れた手つきで一同の履物を整え、「廊下の突き当り、その右側の扉の奥が応接室でございます」と言いながら、イチジョウたちの後ろをついてくる。その洗練された所作に、イチジョウたちは感心する。ほぼ同じ年齢で、ここまで違うものなのかと、全員がミツメの姿を思い浮かべていた。


「どうぞお座りください」


 言われるがまま、三人は立派なソファに腰を下ろす。あらかじめ用意されている湯呑にお茶を注ぐスズリ。「何か手伝いましょうか」とイチジョウが言っても、「お客様ですので」と淡々としている。あまりの隙の無さに、三人とも、逆に居心地が悪くなる。それが先輩の屋敷の使用人となるとなおさらだった。


「改めまして、本日はよくお越しくださいました。悪霊を退治してくださると、若様から伺っておりました。この屋敷の使用人として、微力ながらご協力したいと思っております」


 そういって深々と頭を下げるスズリを見ながらイチジョウは考えた。この娘は、どこまで知っているのだろう。何も聞かされていないとしたら、どこまで話してよいのだろうか。そんなことを思いながらも、イチジョウは軽く会釈する。


「リーダーのイチジョウです。よろしくお願いします」


 イチジョウに続き、フセミも話し出す。


「医療リーダーのフセミと申す。ナルユメ家の危機を救いに参上いたした」


「……」


「あの、こいつは諜報員のヨツツジです。無口な奴ですが、悪意はないので」


各々の挨拶に、スズリは静かに頷いていたが、それが終わると、薄く微笑んで言った。


「頼もしい方々で何よりでございます」


 どこをどう見て頼もしいと思ったのか、イチジョウは彼女のお世辞に申し訳ないと思いながら、本題に移った。


「現在、ナルユメさんのお父様の様子は?」


 そのことを尋ねるとスズリは、憂いを帯びた表情を更に深くして言った。


「主人様は、この屋敷の自室にて、床に臥せていらっしゃいます」


「やはり、儀式は難しい様子でしょうか」


「はい。お医者様からは、命を保っておられるのが奇跡だと……。そこまでお体が蝕まれていることに、気づけませんでした」


 思ったよりも、状況は深刻なようだと、イチジョウは思った。一週間前の作戦会議では、そこまでナルユメ父の容態は悪くなかったはずだった。


「そうですか……。では、なんとか悪霊を撃退できるよう、尽力しましょう」


「ありがとうございます」


「ところでスズリ殿は、蝶舞の錫杖について何かご存じか」


 会話を聞いていたフセミがスズリに尋ねる。明らかに異様な話し方であるのにもかかわらず、彼女は特に反応することなく話し出した。


「はい。主人さまが儀式で使用される呪具であるというのは存じ上げております。それが先日、『洛外秘倉』という集団に盗まれてしまったことも……。しかし私は使用人。それほど多くのことは知らされておりません。それは、若様も同じであると思います」


 確かにその情報は、ナルユメが作戦会議で言ったことの以上でも以下でもなかった。本当に、儀式を行う者しか詳しくは知らないのだろう。


「しかし、主人様は床に伏してから、『あれが無いとまずい』と仰っていました。とても大事なものであることは存じています」


 そう言ってスズリは急須を持ち、中身の減ったイチジョウたちの湯呑に、再びお茶を注ぎだした。「お構いなく」とイチジョウが言っても、「お客様ですので」と言って止めなかった。スズリの表情から憂いを取り除いてやりたい(元からかもしれないが)という思いから、イチジョウは言った。


「大丈夫です。ナルユメさんと我々の仲間、合わせて三人が、祇園祭にて蝶舞の錫杖を捜索するという作戦ですので。その錫杖がこちらの手に渡るまで、我々三人が悪霊を食い止めるといった具合です」


 イチジョウの意図をくみ取ったのか、そこにフセミも加勢する。


「安心していただきたい! ナルユメ殿とともに行動している者たちも、なかなかの手練れであるからな。きっとすぐに見つけ出すであろう」


「期待させていただきましょう」


―コトリ。


 耳が痛くなるほど静かな応接室の中で、湯吞が机に置かれる音が大きく響いた。イチジョウが音のする方を見ると、ヨツツジが湯呑を机に置いたまま動かなくなっていた。スズリもその様子を見て少し驚いている様子だった。


「あの、お口に合いませんでしたでしょうか」


 不安そうな彼女にそう聞かれて、ヨツツジはしばらく黙っていたが、ようやくその重い口を開いた。


「……美味い茶だ」


 それを聞いた途端、イチジョウはため息交じりに呆れ、スズリに謝罪した。


「すみません、こういう奴なんです」


呆然としていたスズリは、しばらくその様子を見ていたが、やがてころころと笑い出した。浮世離れした印象があったが、笑うとどこにでもいる普通の若い娘に見えた。


「失礼いたしました。『奥の院』、の皆さま、若様から伺っていた印象と、ずいぶん違っていましたもので」


「あの人は、我々をどのように?」


 訝しみながらも、イチジョウは尋ねる。するとスズリは、「お気を悪くなさらないでくださいね」と前置きながら言った。


「常識の範疇を超えた、血も涙もない冷徹たちだと、お聞きしておりました」


 イチジョウは苦笑いしながらも、「まあ、前半は正解です」と言った。


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