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三つ目さん

「さてと、さっきの会議のこととか、このサークルのこととか、聞きたいことはあるかな」


 大学の南門をしばらく下ったところにある喫茶店で、ミツメとイヌマキは向かい合って座っていた。何が分からないのかも分からないことだらけであったイヌマキは、正直に彼女にその旨を伝えた。


「それもそっか、ごめんね。今の三年生、二年生の世代で合格者が出なかったものだから、私たち、後輩は初めてなのよ」


「ということは、皆さん全員、四年生なのですか」


「まあ、そういうことになるのかな。でもニノツキさんはもう五年くらい留年してるらしいわ。貫禄あるでしょう、あの人?」


「はあ……、たしかに」


「こんな話はどうでもいいわよね。それで、何から聞きたい?」


「あの、まず作戦って、どんなことをするのでしょうか」


「確かに、まずそれが気になるわよね」


 根本的なことを伝え忘れていたことに、ミツメは少し申し訳なさそうに言った。そこから体勢を正し直し、込み入った話をする姿勢をとった。


「まず、私たちの活動の第一の目的は、『事故物件の浄化』よ」


「浄化……?霊媒師みたいなことをするんですか」


 予想通りの質問がきたらしく、ミツメは「いいえ」と微笑んだ。「私たちがやるのは、そういう超常的なことではないの。もっと具体的に、物理的に、誰が見ても納得できる方法で浄化するの」


「はあ……」


 あまりにも抽象的な説明に、イヌマキは余計に困惑した。その様子が顔に出たのか、ミツメも苦笑した。


「ごめんね、分かりにくいよね。だけど、実際イヌマキちゃんの目で見てもらえれば、分かってくれると思うの。作戦の性質上、これ以上詳しいことを言えないのよ。それで説明してあげろなんて、イチジョウもちょっと酷いわ。余計困惑するだけだもの」


 いまのところ、得た情報はゼロに等しかったが、今後何を尋ねても、期待した答えが返ってこないだろうと悟ったイヌマキは、いっそのこと事の成り行きに任せてみようと思った。


「……分かりました。現地で、色々学ばせていただきます」


「ありがとう。物分かりが良い子で助かるわ」


「あの、最後にこれだけは教えていただけませんか」


「いいよ、できる限り答えるよう努めるわ」


「作戦会議で、弾薬とか敵対とか、物騒な言葉が聞こえてきたのですが……。その……、法に触れるようなことはしないですよね……?」


 予想外の質問に、目を丸くしていたミツメはあははと笑い出した。


「そうよね、不安になるのも無理ないわ。大丈夫よ! これもあまり言えないけど、そういった犯罪行為は一切しないわ。安心して頂戴。変な奴も何人かいたと思うけど、別に怪しいことするわけじゃないから」


 もともと投げやりでやってきた場所だった。ここまで来たなら、この奇妙な作戦に踏み込んでいこうとイヌマキは思った。


「とにかく今回は初参戦だから、イヌマキちゃんは見てるだけでいいからね。特別な技術も知識なんて、何もいらないから。三日間授業には出られないけど、大学側が公欠にしてくれるから安心して」


「大学は、そんなことまでしてくれるんですね」


「ええ、私たちのやってること、側から見たら悪ふざけのように見えるかもしれないけど、事故物件の安全性を、霊媒師みたいな胡散臭さ無しに、客観的に証明できるから、不動産業界からは一定の支持を得ているのよ。今回の作戦も、不動産の人からの依頼だもの」


 「でもね」と付け加え、ミツメは急に真面目な表情になった。美しい人だなと、イヌマキはその時初めて思った。


「私たちの行動理念は、そんな実績とか信頼じゃないの」


 紅茶に浮いた氷が、カランと音を立てて崩れる。


「理不尽を、排斥するためよ」


その場に漂っていた空気が、一気に引き締まったのをイヌマキは感じる。


「理不尽……?」


 脈絡の見えない単語が出てきたので、イヌマキは思わず聞き返す。


「そう、理不尽。事故物件に契約した人って、何も悪いことしていないでしょう。特に、不動産屋の報告義務のない事故物件に住み始めた人。善良に生きて、ただその場所に住んでいるだけなのに、霊障に合う、生活に支障が出る、引っ越さざるを得なくなる……。あまりにも、理不尽だと思わない?」


 イヌマキは考える。被害に遭う人の立場で考えたことがなかったが、確かに理不尽かもしれない。


「幽霊って、生い立ちとか背景で、何となく可哀想って擁護されがちよね。だからって、何の罪もない人を追い詰めるのは違うと思わない? 今回の物件、霊障が激しすぎて、二年間で、三週間以上住んだ人が一人もいないの。その人たちの立場になった時、あなたは許せる? 唯一の個人的な空間である住居で、満足に生活できないような妨害をされたら。……私だったら、許さない」


 そう話すミツメは、自分が熱く語りすぎたことに気づいたようで、苦笑しながら「ごめんなさい」と言った。


「ミツメさんは、どうしてこのサークルに入ったのですか」


イヌマキはそう尋ねた。この熱意の根源を、聞いておかなければならないと、その時なぜか思った。それを聞かれたミツメは、不敵に「ふふふ」と笑って言った。


「だって、そういう分かりやすく悪い奴をボコボコにできたら、楽しいじゃない」


       〇


 それからしばらく、イヌマキとミツメは他愛ないよもやま話をした。おおよそ事故物件完全攻略とは一切関係ない話。ミツメは、コンビニエンスストアのアイスクリームとホットスナックの素晴らしさを説いた。「どんな時間に行ってもほくほくの唐揚げ棒とアイスが買えるのよ。これは凄いわ、毎日が縁日みたいで素敵ね」などと言って、夢見心地になっている。不安なイヌマキを安心させてやろうという魂胆なのであろうが、感性が独特すぎて、逆に顔が引きつってしまった。やはり踏み込んではいけないサークルだったかと、不安がイヌマキを掠める。


「そろそろ帰りましょうか」


 時計を見ると、店に入ってもう二時間ほどが経過していた。最初は苦笑いしながら聞いていたイヌマキであったが、ミツメのその見た目と話し方からは絶妙に符合しない内容に、イヌマキは聞き入ってしまっていた。


「それじゃ、次の作戦で会いましょう」


「お泊まりセットを忘れないでね」と言いながら店を出ていくミツメ。不思議な人だなあと思いながらもイヌマキは我に帰り、そしてあることに気がついた。


 お会計をしないまま、ミツメが帰ってしまったことに。



ここまで読んでいただきありがとうございました。

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