洛外秘倉
「盗まれたのは事実や。親父によれば、この盗難事件は『洛外秘倉』の仕業であるらしい。」
『洛外秘倉』。ナルユメ父曰く、祇園祭宵山にて神出鬼没で出現する骨董品専門の屋台であり、呪物に近いものばかりが店に並んでいるという。その品々の中には明らかに国宝級のものも並んでおり、格式高い寺社から盗んできたというのは明確であるらしい。近年活動が過激になりつつあるその怪盗集団の存在を恐れて、京都の寺社の間では「戸締り徹底」のうたい文句が流行しているという。
「親父、というか俺の家系は代々京都の骨董屋と仲が良くてな、そういう情報が色々と舞い込んでくるんだと。それで一番古い仲だったカクシノさんって人によると、『今年の宵山では悪霊を鎮める錫杖が売られるらしい』との噂が、骨董屋界隈ではささやかれているとのことや」
「それで、その錫杖こそが、ナルユメさんのお家で使われ、そして盗まれた『蝶舞の錫杖』であると……」
「そういうことやね」
「我々がその錫杖を、祇園祭まで出向いて探すと……」
「まあ、そうなんやが、これには一つ、問題がある」
そう言ってナルユメは、人差し指をピッと顔の横に立てる。
「祇園祭、夜店が解放されるのは、宵山当日午後六時。俺の家で、悪霊が出現する時間も、宵山当日午後六時。これ、どういうことかわかる?イッ……」
恐らく再びイヌマキに尋ねようとしたのだろうが、イチジョウの言葉を思い出しすんでのところで制止した。
「二手に分かれる。ということですね」
イチジョウが答えると、ナルユメが「大正解」と言わんばかりに頷く。
「その通り。今回の宵山作戦では、悪霊を迎え撃つ『迎撃チーム』と、蝶舞の錫杖の『捜索チーム』に分かれてもらおうと思ってる」
自信満々に語るナルユメ。その様子を見ていたミツメとニノツキが不安そうに言う。
「でも、大丈夫なのかしら。そんなこと前代未聞だし、常に一緒に行動するのが戦場の鉄則だったでしょう」
「そうだぞ、陣形が崩れるのが、最も恐ろしい」
珍しく慎重派である二人をよそにして、ナルユメは「まあ待ちや」とたしなめる。
「確かに今の今まで、そう言った変則的な作戦はなかった。しかしやで、これに成功したら、今後の作戦のレパートリーが増えると思わんか?しかも今回は俺も同行するし、期待の新人イヌマキちゃんもいる」
屁理屈とも思えなくもなかったが、イチジョウはそのことについて思うところがあるようだった。
「確かに、それは一理あります。今までの作戦でも、常時共に行動することの支障はあった」
「本当にやるの?」というミツメやニノツキたち。イヌマキ自身も、あまりよい作戦には思えていなかったが、慎むことにした。そんな中、イチジョウが話す。
「この間の四国での作戦を思い出せ。鉄則に縛られた俺たちは、イヌマキを危険にさらしてしまっただろう。あの時、チームを分断していれば、そうはならなかったと思わないか」
イチジョウにそういわれ、彼らは二か月ほど前のあの作戦を思い返していた。イヌマキからすると、「そんなこともあったな」くらいに軽く考えるようになっていたが、イチジョウは隊員を危険にさらしてしまったことを、未だに反省している様だった。
「確かに、あんなことはもう起こってほしくないわ」
「『奥の院』の一つの転換期と捉えればよいだろうか。そう考えると、感慨深くもある」
説得が聞いたようで安心した表情のナルユメが口を開く。
「イヌマキちゃんの意見も、聞いておこうやないか」
全員がイヌマキに注目する中、彼女はしどろもどろになりながらも答えた。
「あの、皆さん一人一人が強いので、別々に行動しても、きっと大丈夫だと、私は思います。はい」
「良い子やなあ」とナルユメ。
「良い子でしょう」とミツメ。
前回の四国作戦にて、かなり自分勝手な行動をしてしまった(結果的に、それは有効な一手となったが)イヌマキは、そのことを反省して、できるだけ大人しく、従順でいようと心に決めていた。それが、先輩の先輩であるナルユメがいたらなおさらである。全員の賛成が確認できたナルユメは「よし」といって話を続ける。
「全員の承認ももらったことやし、決定でいいか?」
「先輩、一つだけ、条件を付けてもいいですか」
最初から賛成の意向だったイチジョウにそういわれ、彼は少し面食らったようだったが、「いいよ」と言って発言を促す。
「チームを二手に分けるとして、『撃退チーム』には危険が伴います。敵は先代より鎮められてきた悪霊。しかも霊力が高い京都と来ている……。今回初めての試みなので、作戦の続行が困難だと感じたら、即撤退するという条件を飲んでもらえませんか」
イチジョウの提案にナルユメは少し考えこんでいたが、「そうやな」と言って承諾した。
「安全第一で行こう。やばくなったらすぐ撤退。これを忘れんといこか」
「承諾、ありがとうございます」
「うむ、全くもって異論なし!」
作戦の大まかな目途が立ち、全員の気が少し緩んだような空気が流れた。イヌマキはこの、全員が納得したときに流れる白湯のような雰囲気が好きだった。イヌマキがその居心地の良さに浸っていると、普段よりも数倍可愛げに満ちたミツメの声が響いてきた。
「あのー、リーダー様?もし作戦が大成功に終わったら、京都観光のお時間を頂きたいですの……」
猫なで声で頼み込むミツメに若干引きつりながらも、イチジョウはナルユメに目配せする。「俺を見られても困る」と言いたげな表情をしたナルユメだったが、フッと浅く笑って言った。
「まあ、良いやないか。協力してくれる側やし、それくらいの息抜きがあってもいいやろ」
やれやれと言った表情でミツメの方を見るイチジョウ。
「……だそうだ。作戦後は好きにやれ」
その言葉に、ミツメは文字どおり飛び上がった。




