蒼色の街
午前十時二分
「それは駄目だ」
イチジョウにきっぱりと言われ、イヌマキは落胆していた。帰り道に横を通る廃図書館に、ヨツツジ特製おむすびを供えて帰りたいとリーダーに掛け合ったが、断られてしまっていた。
「俺たちは別に、火車や落とし神を助けたわけじゃない。あの物件から退いてもらうための最適な手段を選んだだけだ」
「そう、ですよね……。すみません」
先日に引き続き、イヌマキは調子に乗りすぎたと反省していた。確かに結果論的には最適解であったかもしれないが、メンバーとして勝手な行動であったことは否定できない。
―しばらくは、大人しくしていよう……。
それから数分歩いたのち、火車達が向かったであろう廃図書館の前まで来た。入口が、最も近くなったところで、イチジョウがぴたりと歩くのを止める。
「あの……」
意味が分からず呆然とするイヌマキ。
「おい、ヨツツジ」
リーダーにそう言われたヨツツジは、バッグから作り置きしていたおむすびを取り出し、イヌマキに渡す。意味が分からず彼女は尋ねる。
「あの、お供えはしたら駄目なのでは……?」
イヌマキの問いに、「まあそうだな」とイチジョウは少し意地悪そうに答える。
「『奥の院』の方針としては、駄目だ。だが、お前個人として供えるなら別に問題ない」
イヌマキは、狐につままれたような顔になった。そんな屁理屈が通用するのか彼女は疑問に思った。
「ま、今回に関してはイヌマキちゃんがいっぱい活躍したからね。ちょっとした特別措置よ」
「うむ! 心置きなく行ってくると良い!」
「あ、ありがとうございます!」
どこまでも自身の気持ちを尊重してくれる奥の院一同に、イヌマキは深々と頭を下げる。
「ただ、これだけはわかってくれ。奥の院としては禁止だからな。個人でのお供えが済んだら、お前は奥の院としてしかるべき言動をとれ。いいな」
「分かりました……!」
そう言いながらイヌマキは、図書館の入り口まで歩いていき、閉じられたガラスの扉の中を覗き込んだ。薄暗くてあまりよく見えないが、玄関には確かに信楽焼がぽつんと佇んでいた。
「案外、かわいいかも……」
その焼き物は、昨日対峙した時の禍々しい姿ではなく、足は縮んでずんぐりとした普通の信楽焼に戻っていた。手にはイヌマキが譲った『ヴェルヌ街の殺人』が上手い具合にはめ込まれている。きっと、「あの子」の仕業だろう。そうイヌマキが思っていると、図書館の奥の方からペラリと、本のページをめくる音が聞こえてきた。姿が見えなくても分かる。きっと今頃、この図書館のどこかで心置きなく本を読んでいるのだろう。
「……たくさん読んでね」
そう言ってイヌマキは、入口の扉の前に、竹の葉で包んだ二つのおむすびを置いた。そのまま振り返ることなく、彼女は奥の院のもとへ早足で駆けていった。
午前十時十五分
「遅いわよイヌマキちゃん!」
「すみません。つい」
お供えを済ませたイヌマキが戻ってくると、一同はどこかそわそわとしていた。そしてその理由はすぐに分かった。
「急ぐぞ、イヌマキ君!」
ニノツキがいつも以上に大声で叫ぶ。
「ここは田舎過ぎて、最寄りの列車が一日に二本だ! あと五分後のそれを逃したら、我々は夜七時まで何も出来ぬぞ!」
「それはいけません! 走りましょう!」
「ヨツツジが最短ルートをマップから編み出した。これならなんとか間に合う。行くぞ」
そういって一同は走り出す。水の流れる用水路や、確実に私有地で立ち入り禁止のあぜ道を、電車に間に合わせるために必死に走る。
「ちょっとこれ、最短っていうか、道を無視して向かってるだけじゃない?」
今にも息切れしそうなミツメが叫ぶ。
「文句を言うな。こうでもしないと間に合わなかったらしい」
「良いではないか! 小学生の探検のごとき愉快さで!」
イヌマキは彼らの会話を聞きながら笑った。なぜこの人たちの解決法は説得力があるにもかかわらず、こんなにも馬鹿げた風になってしまうのだろうか。しかしもしかすると、この世はそういうものなのかもしれない。問題に対して行われる、現実的で、物理的で、誰もが納得できる解決策の極致は、こういう素っ頓狂なものなのかもしれないと、イヌマキは考えていた。
「……それでイヌマキ、さっき渡されたおむすびはどうした?」
先頭を走りながら、わざとらしく聞くイチジョウに、イヌマキはにっこり笑って答えた。
「はい! 私が全部食べました! 素晴らしくおいしかったです!」
『四国作戦』(完)
このエピソードを持って、第二章は完結でござます。
読んでいただいている皆様、ありがとうございます。
明日から第三章を投稿していく所存ですので、引き続き、よろしくお願いいたします!
完結の感想等、お待ちしております。




