フェーズ3 浄化
「あ……」
ハマウチは「しまった」という顔になる。物件が正常に戻った嬉しさで我を忘れていたのだろう。それと同時に、イヌマキたちも確信する。この男は、何かを隠している、と。
「何か知っているのでしょう。教えていただけませんか。撃退したのは我々です。知る権利はあるはずです」
イヌマキは、一日目のミツメの直観に脱帽した。あの時彼女がそう言わなければ、イヌマキはこの違和感の正体に気づけないまま終わっていたかもしれない。イチジョウの剣幕に押されたハマウチは、何かを諦めたようにため息をつく。
「いやまあね……。心当たりはあるんです。老人が一人で住んでたって言ったでしょう。ミヤモトさんね。実をいうと、その人が亡くなっているのを見つけたのは私なんですよ。家賃の納付が滞ってるから見に行ったら……ですよ。すごい寒い季節だったから、時間が経ってても、あんまり腐敗とかは進んでないようでした。そしたらその爺さんの隣にね、死ぬ間際に残したであろう、手紙があったんです。『重い病を患っている孫に、私の蔵書をすべて譲る。生前にした約束を果たす』とね。それでその蔵書を見てみたら、まあ相当な値打ちが付くものばかりでね。私アンティークの収集も趣味だから、そういうのはわかるんですよ。でね、警察に通報してから、遺書通りにその家族のもとへ行ったんです。そしたらそのお孫さん、もう亡くなっていたみたいで……、それで……」
ハマウチがここで言い淀む。話の流れを汲んで大方を察したイチジョウが、しびれを切らして言う。
「あなたが黙って所有していた。ということですか」
ハマウチは苦虫を噛み潰したように頷いた。言い逃れはできないと思ったらしい。
「でも、私だってその子が生きていればちゃんと譲ってたんだよ……。それを売って、有効に利用してくれる人のもとへ送ってやった方が、本のためにもなる思ったからねえ……」
ハマウチの話のニュアンスから、その本たちはどこか他の収集家の元へ渡ったことが読み取れる。
「……そのお爺さんの気持ちは、考えなかったんですか」
「え?」
イヌマキはハマウチの前で初めて言葉を発す。リーダーの後ろで、ずっと黙っていた目立たない隊員が声を上げたことに、彼は少し驚く。
「その子の家族に渡してあげればよかったのではないですか」
いきなり何を言い出すのやら、とでも言いたげに、ハマウチは笑った。
「あのねえお嬢さん、それは綺麗事っちゅうものだよ。家族に渡したところで何になる? その子のお墓にでも添えるのかい」
依頼を終え、自身の物件が売り物になると判明するや否や、ハマウチは作戦前と比べ物にならない程強気だった。
「だからって、他人に売り飛ばすなんて……!」
イヌマキの脳裏に、あの子供の姿が浮かぶ。
―……待っていたんだ。あの子はきっと。祖父とした約束が、たとえ二人が死んでしまっても、果たされる時を。落とし神が共にいることで、孤独は感じないかもしれない。しかしこの未練だけは、どうやったって消えない。
「いい加減しつこいね。もう終わったことだろう? 後からどう言おうと、そいつらをここから追い出したのは君たちなんだから、私だけを責めるのは筋違いじゃないかい? 実際、悪さをしてきたのは向こうからだしねえ」
祖父の優しさと、孫の未練。その二つは交わることなく、この男によって絶たれてしまった。
「……」
が、イヌマキは何も言えなかった。この男の言う通り、彼女らもそれに加担してし まったのだ。今更どれだけ怒ったところで、火車達からしてみれば、ハマウチもイヌマキたちも、そう変わらない。
「まさか今頃になって、あっちの味方をするわけじゃないよな。事故物件を攻略するサークルなんて名乗りながら……」
「それは……」
何かを言い返そうとするイヌマキを、イチジョウが手で制止する。もうやめておけということだろう。この男の態度を見ながら、イヌマキは思う。
―私たちは、こんな奴のために戦ったのか。
「我々は事故物件完全攻略サークルです。罪のない人々に被害を及ぼす霊を味方する。そんなつもりはありません」
きっぱりと言ったイチジョウに、ハマウチはほら見ろといわんばかりにイヌマキの顔を見た。イヌマキは自身を庇ってくれなかったイチジョウの方を見る。しかし彼は変わらぬ調子で続ける。
「しかしこの件、全ての原因はあなたにあったということは伝えておきましょう。あなたが不利益を被ったと思っているかもしれませんが、常識と善意が存在すれば、こんなことにはならなかった。人間の遺志や未練を、あまり軽く見ないことです。そう言った人間の末路は、我々が一番よく知っている」
余裕を見せていたハマウチも、あまりのいわれ様にカッとなったようだ。
「私の何が分かんのや。黙ってたら調子に乗りやがって餓鬼が……」
ついに、取り繕いの無いハマウチの本性が現れる。その様子を黙って見ていたミツメが、くすくすと笑いながら言った。
「まだわからないのかしら。あんたみたいな卑しくて意地汚いやつが死んだ時、人を脅かすしか能の無い、程度の低い霊になるのよ」
「何やと……」
今にも殴りかかってきそうなハマウチの様子ににイヌマキは恐怖したが、彼の目の前にヨツツジが急に割って入ったことで、それも忘れた。
「あ、おい! それを返せ!」
ヨツツジは、ハマウチが腰にぶら下げてていた、彼が所有している複数の物件の鍵束を、達人のごとき早業でひょいと奪い取り、そのまま道路の向こうに広がる海に投げ込んだ。
「何をするか! あーまずい! それだけは駄目!」
そう言いながらハマウチは、こちらを気にする余裕すらなく、向かいの海に飛び込んでいった。
「これで少しは、大切なものが奪われた苦しみが分かるだろ……」
それを見ていたニノツキが豪快に笑う。
「もし貴公が霊になったら、我々が除霊してやろう。今みたいな方法でな」
ミツメもけたけたと笑いながらも、イヌマキに話す。
「私たちがやってる霊の撃退方法、これは人間にも応用可能なのよ。相手をいい気にさせて、挑発して、逆上したとところを狩る。ってね」
「……今度嫌いな人にやってみようと思います」
そんな答えが返ってくると思っていなかったミツメが苦笑する。
「あんまりおすすめはしないけどね……」
〇
それからしばらく、奥の院一同は浅瀬で必死で鍵束を探すハマウチを眺めた。
「……そろそろ帰るか」
そうイチジョウが言うと、彼らは駅に向かって歩き始めた。




