フェーズ3 末にあるもの
「ずんぐりしていて、少し私に似ているな!」
その後奥の院一同は、街の廃図書館へ向かうであろう落とし神と火車の背中をしばらく見送ってから、家の中へ入っていった。
五月二十五日
午前九時零分
「まさか、イヌマキちゃんにそんな過去があったとはね……」
フェーズ2が終了してから一夜が明け、ヨツツジのおむすびを頬張りながらミツメが言った。
「すっかり忘れてたのですが、昨日の作戦で、不意に思い出してしまいました……」
イヌマキは口の中のおむすびをしっかりと飲み込んでから答える。割られた窓からは清々しい初夏の風が入り込んでいた。
「そうだとしたら、私の作戦で酷いことを思い出させちゃった……。ごめんね」
「いえ、気になさらないでください! 勝手に思い出した私も悪いですし、何より、昨日の出来事のおかげで、思い出す前よりも心が軽くなった気がするんです」
慌てて否定するイヌマキは、ミツメに安心してもらおうと、普段より大きく口を開けておむすびを頬張った。
「うむ、確かにイヌマキ君、昨日よりも逞しくなっているように見えるな!」
ニノツキも負けていられんとばかりにおむすびに齧りついている。
「あ、ありがとうございます!」
そんな様子を見ていたミツメは安心したのか、穏やかに言った。
「それなら本当に良いんだけど……。それで、その父親の今は?」
「母と離婚しましたので、消息はわかりません」
ミツメはさらに安心したようで、自信ありげに言った。
「もし何らかでそいつと再会することがあったら、私に言ってね。幽霊として処理しましょう」
「本当ですか?」
「もちろん!」
「まあ、霊だけが事故物件の原因じゃないからな。作戦として協力できるだろ」
その時まで黙って聞いていたイチジョウも、ミツメに言った。
「もちろん、私もな! ほら、ヨツツジだって首を縦に振ってるぞ!」
イヌマキは彼女らを、心から頼もしいと思えた。暴力と排斥ですべてを解決しようとする父と、理不尽をあらゆる手段ではねのけてきた奥の院とでは、どちらが強いかなど比べるまでもなかった。
「ありがとうございます」
イヌマキは再びおむすびを頬張る。いつもよりずっと美味しく感じていた。
午前十時三十四分
「あの、一昨日の夜やられていた絵しりとり、結果はどうなったんでしょうか」
「ああ、あれは2ターン目でミツメがみかんを描いて終わった」
「そう、ですか……」
「あれはミジンコを描いたつもりだったのよ。信じてちょうだい」
「無理があるだろう」
「あはは……」
『オムスビ・リカバリー』を終え、一同は帰宅の準備を始めていた。フェーズ2と3の雰囲気の落差が激しすぎて、当初イヌマキは困惑したが、だんだんと慣れ始めていた。それでもやはり、昨日まで霊が四体も住んでいたとは思えないほどにのんびりとした空気だった。きっとこれが、浄化された本来の物件の姿なのだろうと感じた。
―ピンポーン
不意に、家のチャイムの音が響き渡った。イヌマキは一瞬固まる。
「出前じゃないわよね」
「……さっき食っただろ」
「皆さん、無事ですかー!」
家の外からこちらの様子をうかがうハマウチの声が聞こえた。作戦終了は三日後の朝と伝えていたため、心配になって見に来たのだろう。一同はまとめた荷物を持ち、玄関へと向かった。
「ああ、良かった! 皆さん元気なようで……。しかし、派手にやりましたねえ……」
ハマウチは割られた窓ガラスや、庭に散らばった本を見て苦笑した。どのような事情でそうなったかは、あえて聞こうとはしなかった。
「後処理の手間をおかけしてしまうようで申し訳ありません」
代表してイチジョウが頭を下げる。他メンバーもそれに続く。
「いいのいいの。元々、好きにしていいって、こっちが言ってたんだから。それで、追い払ってくれたのかな。その……、例の奴らは」
気さくに接しながらも、やはりそのことが気になるようだ。でなければこんなところまでわざわざ出向いてこないだろうとイヌマキは思った。
「ご安心を。この家に住み着いている霊はもういませんし、浄化の儀式にて人が済んでも問題ない物件に戻せたはずです」
期待していた答えが得られたのか、不安げだったハマウチは一安心したように笑い出す。
「そうですか! いやあ、よくやっていただけました! にしてもあんな厄介なもん、どうやって追い払ったの?」
「極秘とさせていただいてますので」
イチジョウは毅然と答える。
「そうだったそうだった。ごめんなさいねえ。しかし何かお返しをしたいんやけども……」
「事前にに提示していた報酬をいただければ十分です」
目に見えて分かる程、ハマウチは上機嫌だった。自身の物件に人が住めるようになったことで、長年の悩みが消えたのだろうとイヌマキは思う。
「そうですか……。いやあ、にしても、あいつらには迷惑をかけられましたよ。特にその子供の霊?かなあ。本を盗むなんて、怪しからん霊もいたもんだよ全く!」
「……」
そこでイヌマキが感じた違和感は、奥の院一同全員に伝播し、イチジョウがそれを確信に変える。
「……我々はあなたに、『本を盗む霊』が『子供の霊』であるとは言っていなかったはずですが。一言も……」




