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フェーズ2 最終戦

  午後六時十分


「それではこれより、中庭に突入する。準備はいいな」


 イチジョウの言葉に、全員が頷く。それぞれが腰に葦苅を携え、手には燃えてこそいないものの、日本酒を染み込ませた木刀を握っている。


「ねえ、やっぱり私も刀身に火をつけたいわ。カッコよさが段違いよ」


 ミツメが不服そうに言う。


「いつも言ってるだろ。これは普通に危ないんだ。お前が振り回したら火事になる」


「やっぱりだめかあ……つまらないわ」


「ここはイチジョウに任せるとしよう。私だって燃えている方が格好がつくといつも思っているが、剣道有段者の彼がこう言っているのだ。仕方あるまい」


 二人の言葉に、イチジョウは不服そうに、しかし半ば諦めた様子で呟いた。


「俺は、別に一人で格好をつけたいわけじゃないんだけどな」



   午後六時十二分



 この物件は、玄関の外側が古い家特有の広い庭園となっている。仕立ての良い石畳で整備されており、かつてはかなり立派な家だっただろうとイヌマキは一日目から思っていた。


「音の発生源はこのあたりだ」


 緊張を漂わせながら進む一同。どの方角から襲撃されても対応できるよう、全員で背中合わせの迎撃陣形を保っている。


「うーむ、何もいないな」


「油断するな」


 イヌマキもすっかり夜になった庭を目を凝らしながら慎重に進む。しかし今のところ、所々ひびの入った石畳と低木と塀しか見えない。


「……ねえ、あれって、あんな形だったっけ」


 不意にミツメが呟いた。全員がミツメの視線の先を見る。庭の塀の隅に、一体の信楽焼が置かれていて、こちらを見ている。古い家となると、置かれているのも珍しくないため皆安堵したが、すぐにその異様さに気付いた。


 それは、普通の信楽焼と比べると、足が異様に長かった。イヌマキは思わず総毛立つ。足が長くなっただけで、こんなにも不気味になるものなのかと。信楽焼特有のずんぐりとしたかわいらしい印象が消え去り、その見開いた目をこちらに向け、有り得ない速さでこちらを殺しに来そうな雰囲気が漂っていた。


「……こいつだ」


 一同が緊張で硬直していた中、ヨツツジが言う。


「こいつが本体だ」


 その言葉に、イヌマキはやはり、という気持ちと、信じられないという気持ちが織り交ざっていた。


「こいつが……!」


 そう言いながらヨツツジ以外のメンバーが葦苅を構える。


「無駄だ。こいつには効かない」


 ヨツツジはいつもの調子で冷静に、しかし臨戦態勢を崩さずに話す。


「本体はあの信楽焼の中だ。いわばあれは鎧のような役割をしている」


 そう聞いたミツメとニノツキは、葦苅をしまい、木刀を構える。


「なら、あの信楽焼を叩き壊せば……!」


「駄目だ」


 いつになく強い口調でヨツツジが言ったので、全員が少しあっけにとられる。彼は話を続ける。


「本体が解き放たれたら、俺たちは全滅するかもしれない。あれは、呪いの力が強すぎる」


「とんでもない奴がいたものね……」


 いつも霊と対峙しても余裕さを崩さないミツメも、今回は敵の強大さに恐れを隠せない様子だ。


「うーむ……。このタイプには鏡を向けることで弱体化を図れるが、窓鳴らしの攻略ですべて叩き割ってしまったな」


「なるほど……」


とイチジョウは納得する。


「窓鳴らしをこの家に引き寄せたのもこいつだな。いわばあいつの存在は鏡を壊させるためのブラフ……。攻撃手段を奪われていたのは、俺たちの方だったってわけだ」


 イチジョウの考察に、イヌマキは敵の恐ろしさを再認識させられる。


「落とし神は、そんなことまでわかっているのですね……」


「ああ、長いこと同じ場所に住み着いている奴というのは、住職や霊媒師との交戦経験も段違いだ。どうすればこちらを無力化できるか、熟知している」


 恐るべし四国。恐るべき落とし神。


「しかし今のところ、攻撃をしてくるそぶりは無いですが……」


 イヌマキがそう言いかけた時、信楽焼の背中から腕が伸びてきた。白く細い腕。その腕は信楽焼の肩を回り胸のあたりまで巻き付く。次に肩から見えたのは、幼い子供の顔だった。


「やはりこいつも……!」


 おんぶをしてもらっているような形で、信楽焼の背中に抱き着いたままこちらをにらむ火車。その視線は、確実にイヌマキをとらえていた。火車が腕を上に挙げる。その瞬間、彼の背後に無数の本が浮かび上がった。それは海中を浮遊するクラゲの如く、空中でふわふわと停滞している。


「なんと! これほどまでの力とは……」


 これまでイヌマキが対峙してきた霊は、物体に対して間接的な干渉を行うことはあっても、物理法則を超えた者はいなかった。重力を完全に無視して本を意のままに操る様子を見て、やはりただの霊ではないことを確信するイヌマキ。そうしてしばらく膠着したのち、火車が挙げていた腕を下げ、イヌマキを指さす形をとった。「え」と、不意な火車の行動の意図が読めずイヌマキは固まったが、その直後、敵の意図はすぐに分かった。


「防御姿勢!」


 イチジョウの指示が理解できないままのイヌマキの視界に移ったのは、今まで浮遊していた本たちがハヤブサのごとき速さでこちらに突撃してくる様子と、目の前に開かれた傘だった。


 イヌマキの視界にその映像が展開された直後、前に開かれた傘にすさまじい衝撃が加わった。とてつもない速さで飛んできた本が直撃しているのだろう。今にもビニールを突き破りそうな勢いの本が、無数にぶつかってくる。


「この傘のビニールには小さいアクリル板が幾つもつけてあってな、よほどのことがない限り、壊されることは無い!」


 イヌマキが振り返ると、ニノツキがイヌマキを正面から守る形で傘を展開してくれていた。隣を見ると、他メンバーも各々『唐笠』を展開していた。しかしイヌマキの方ほど、本は飛んできてはいないようだ。


「完全に狙いはイヌマキちゃんね。執念深い奴……」


「このスピードと衝撃、当たり所が悪ければ普通に死ぬ。気を抜くなよ」


 イチジョウがそういう間も、イヌマキに向かって飛んでくる本はどんどん多くなっていき、かなり大柄なニノツキであっても、「ぐぬぬ」と歯を食いしばっている。ハッと我に返ったイヌマキは、ニノツキとともに唐笠を支える。


「かたじけない。しかしまあ、何とも難儀な……」


こんな状況で、反撃の手立てはあるのだろうかとイヌマキは疑問に思う。こうやって防ぎ続けるのにもいずれ限界が来るだろう。一度、撤退をした方が良いのではないだろうか。


「万策尽きた、とでも言いたそうな顔だな。イヌマキ」


 このサークルに入ってから、イヌマキはよく表情から思考を読まれる。私の顔そんなに分かりやすいだろうかと、彼女は思う。かぶりを振ろうとしたが、どうせ無駄ということで素直に認めた。するとイチジョウはふっと笑った。


「俺たちは事故物件“完全”攻略サークルだ。完全と謳っているからには、やはり徹底した対策のノウハウがある」


 そういってイチジョウは、懐から手のひらサイズの小壺を取り出した。



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