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フェーズ2 窓鳴らし


「そういった奴が、恐らくもう一体いる」


 イチジョウがそう言った矢先、閉ざされたカーテンの後ろから、ピシピシという音が鳴り始めた。昨日、一同の神経をすり減らした、あの不愉快な音。


「こいつだ」


 今朝のブリーフィングにて、『窓鳴らし』と名付けられた霊が、再び攻撃を仕掛けてきた。


「危ないから伏せててね!」


 急な大声に驚いたイヌマキが振り返ると、ミツメが叫びながら、荷物から取り出した木刀を構え、窓の方へ走っていく。そのままピシピシと音を立てる窓ガラスを、木刀で思い切り叩き割った。パリンと豪華な音を立てながら崩れていく窓をしゃがみながら見ていたイヌマキは唖然とした。


「物理的干渉を仕掛けてくる奴には、攻撃媒体を奪う!戦場の鉄則よ、イヌマキちゃん」


「こいつはやり方がかなり悪質だ。さっきの爺さんみたいな示談では解決できないだろう。いつも通り、挑発作戦で行くぞ」


 イヌマキの隣で伏せていたニノツキも、三本の木刀を取り出して、イヌマキとヨツツジに渡し、イチジョウは腰に携えた、刀身が長めの木刀を握りしめた。そうしている間にも、部屋の反対側の、割られていない窓ガラスが、ピシピシと日々の入る音を鳴らし始めた。そこに来てようやく、イヌマキ戦場の鉄則の意味を理解した。


「イヌマキ君、君もやってみたらどうだ。奴には散々悩まされてきただろう? 一矢報いてやるとよい!」

「イヌマキちゃん、一気にやっちゃって」


「大家からの了承は得ている。心置きなく叩き割れ」


「え、は、はい……」


 一同から鼓舞されたイヌマキは、窓ガラスにじりじりと歩み寄りながら、昨日のことを思い出した。こちらからは何もしていないのに、窓からのぞいて脅かしてきたこと、それが封じられると、不快な音を立てて神経を蝕んだこと、決して直接ではなく、安全圏からねちねちと攻撃してきたこと……。思い返せば思い返すほど、イヌマキの中に沸々と怒りが湧いてきた。そしてその怒りは直接木刀を握る力に変わった。対峙した窓ガラスは、未だピシピシと音を立てている。


―なんて悪趣味なやり方! それなら、さっきのおじいさんの霊の方がよっぽどマシよ! こっちを馬鹿にしたようなやり方、卑怯なことこの上なし!


「卑怯なことこの上なし!」


 心の声が、思わず口に出てしまったことにも気づかず、イヌマキは万力の如き力で握った木刀を、思い切り振り上げ、叩き割った。ミツメの時の数倍の音を立てながら、ガラスが飛び散った。


「あ……」


 想像以上の音を立ててしまったこと、それから何か気取った恥ずかしいことを無意識に言ってしまっていたことに気づき、イヌマキは赤面した。そして彼女の背後から、賞賛の拍手が聞こえてきた。


「やるじゃない、あなた!」


「直接攻撃を加えたのは今回が初めてだったか」


「ただ見ているだけで精一杯だった後輩が、ここまで成長するとは! 関心感心!」


「あ、ありがとうございます……」


 素直に喜ぶべきなのかそうでないのか。人間としては感心されぬべきことなのかもしれないが、今の状況を鑑みると、すなわち事故物件完全攻略サークルの一員として鑑みると、やはり光栄に思うべきことなのかもしれないとイヌマキは思った。


「さあ、どんどん割らんとな。次の一手を与えさせないことも、戦場の鉄則!」


「この家が吹きざらしになるまで、叩きまくりましょ」


 意気揚々と隣の部屋へ駆け出していく一同に後れを取らぬよう、イヌマキは必死についていく中、不意に肩を叩かれ、縮み上がった。恐る恐る彼女が振り向くと、ヨツツジが立っていた。彼の手元を見ると、手のひら部分が滑り止めになっている軍手を差し出していた。


「滑ると危ない」


「あ、御親切に……」


 イヌマキがそう言い終わる前に、ヨツツジは隣の部屋へ向かい出した。紳士だなあと思うと同時に、極端に無口なことに対する謎がさらに深まった。



   午前八時十七分



 その後一同は二十をこえる窓を叩き割り、扉にはめ込まれた曇りガラスや戸棚に入った食器など、おおよそひびの入りそうなものの悉くを破壊しつくした。ニノツキが読書をする際にかけている眼鏡を、ミツメが容赦なく叩き壊したとき、イヌマキは流石に肝が冷え、彼女の正気を疑ったが、「除霊が全てにおいて優先されるのだから仕方がない」とニノツキは豪快に笑い飛ばしていた。目的達成のためならば自身の不利益も厭わない豪傑さに、イヌマキは尊敬半ば呆れかえった。


「これで、奴の武器はゼロになったわね」


「そろそろ、お出ましだろうな」


 攻撃手段を奪われた霊が、次に起こす行動は、ほぼ定型化されていると言っても良い。これまでの経験からして、数分もたたないうちに、あの作業着の男は奥の院一同の目前に実体化して現れるだろうとイヌマキは思った。彼女は武者震いしながら、来るべき対峙の瞬間を待っていた。



午後十二時三十分



「霊になってまでこんな下らんことはするな!」


「迷惑迷惑、まっこと迷惑!」


「良い年したおっさんが、やっちゃいけないことも分からないの?」


「卑怯な脅かし方ばっかりして、情けないとは思わないのですか!」


 攻撃媒体を奪われて逆上し、奥の院の目前に現れた作業着男の霊を待っていたのは、日本酒の雨と罵詈雑言の嵐、『オーラル・アタック』だった。イヌマキは、自分がこんなにもすらすらと敵の悪口が言えると思っていなかったため、自身の成長を感じると同時に、奥の院以外では一切評価されない能力であると思って悲しくもなった。


 程なくして、状況に耐えかねた作業着男は消えた。イヌマキはいつも思うが、この瞬間だけはどちらが悪者かの区別がつかなくなる。


「それにしてもイヌマキちゃん、言葉の切れ味が研ぎ澄まされてきた気がするわ」


「あ、ありがとうございます」


 あまりうれしくない誉め言葉ではなかったが、メンバーの役に立てているなら、とイヌマキは素直に喜んだ。


「……思ったより実体の出現に時間がかかった。ここからは速足で行くぞ」


 イチジョウが葦苅に弾薬を補充しながら言った。


「さて、ここからが本番ね」


 ミツメも全身を伸ばし、気合を入れ直しているように見える。各々が心の準備をしているのを確認しながら、イチジョウは自身のバッグから、彼が持参した一冊の文庫本を取り出した。


「では、次は『火車』の攻略だ。クイズブックの無念を晴らすため、一矢報いてやるぞ」



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