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フェーズ2 火車

午前七時二十分 フェーズ2


「では、現状明らかになっていることを共有しておこう」


 翌朝、全員が目を覚ましたことを確認したイチジョウが、ブリーフィングを開始した。イヌマキは昨夜の絵しりとりの結果が少し気になったが、尋ねられる状況ではなかった。


「まず第一にこの部屋に一体、敵の存在が確認されている。部屋の隅にいる奴だが……」


 そういって一同は、昨日目撃された箇所を見る。ミツメの荷物で隠されていて、今は何も見えない。


「奴の対処は後ほど行う。それで次だが、窓ガラスを鳴らし続けていた奴だな」


「あれは本当に不愉快だったわ!」


 ミツメが顔をしかめて言う。あの音は、イヌマキだけでなく、全員の神経を疲れさせていたようだ。


「恐らく犯人は、昨日の到着時に目撃された作業着の男だろう。先ほど窓を確認したがひび割れの痕跡は一切なかった。おそらく音だけを発してこちらの気を病ます魂胆だろう」


「なんと、卑怯なことこの上なし!」


 普段温和なニノツキも、珍しく憤っている様だった。


「しかしこれに関しても対処が可能だからな。また後程、全員で行うとしよう」


 「そして」といってイチジョウは普段より険しい表情になる。イヌマキも身構える。


「問題は残りの奴らだ。昨日、ミツメのクイズブックが盗まれたことは周知の事実だろう。しかしあれ以降、一冊も盗まれていないという状況から考えるに、敵は『人間が今読んでいる本』だけを盗んでいるという認識で良いだろう」


 その事実を伝えることで、イチジョウが何を言いたいのか、経験の浅いイヌマキにはわからなかったが、ミツメは理解したよで、何かを納得したように頷いた後、言った。


「となると、犯人は目撃情報にあった幼い男児ね」


「恐らくはそうだろう」


「……あの、何か根拠があるのですか?」


 本を盗むことと幼い男児の脈絡を感じられなかったイヌマキが尋ねる。まさか、子供=本という安易な考えではないだろう。


「子供が霊になる理由を考えてみてちょうだい。イヌマキちゃん。まだ幼いうちに命を落とす。まだなにも世界を知らない、好奇心旺盛な時期にね……。そうなると、大人よりも未練が大きくなるよね。とりわけその感情は、今生きている人への嫉妬へと変貌するわ。単に人を脅かしたいなら、本だけを盗めばいいでしょう? 『人が読んでいる本』だけを盗むっていうのは、嫉妬の表れなのよ。幼いだけに、無念の晴らし方が分からない。だから単純に、目前に現れる人間にぶつけるの。これが、本泥棒が幼い子供っていう根拠ね」

 ミツメの理路整然とした根拠に、イヌマキは納得せざるを得なかった。しかし考えるほど、幼い子供の霊が、知識の象徴である本を読むことに嫉妬するのも無理はないと感じたし、そこに同情心も生まれた。

―私たちはその子供の霊を撃退してよいのだろうか、その子にとって、あまりにも理不尽で、不憫ではないのだろうか。

「イヌマキちゃん。あなた今、ちょっと可哀想だなって思ったでしょ」


 一瞬の思考であったが、その表情の変化を彼女は見逃さなかった。ミツメがイヌマキに問いかける。


「あ、いや、そんなことは……」


 慌てて否定しようとするイヌマキ。


「気持ちはわかる。だが実際、人間に危害を加えていることに変わりはない。そうなった以上、年齢や境遇で同情してはいられない。ここは覚悟を決めてくれ」


「安心して頂戴。私たちのやってることはあくまで撃退。別に殺すわけじゃないから」


「仕掛けてきたのは向こうからだろう? ならばこれは正当な防衛。そうなると、一方的な侵略ではなく、公平な戦いであると言える」


 正当な防衛。イヌマキは心の中で反芻する。相手に同情の余地があることは否定できない。納得できる動機を持っていることも。しかし人間側に被害が及ぶ以上、黙って見過ごすわけにはいかない。ましてや敵に明確な悪意がある以上は……。彼女はこの状況に、山から人里に降りてきた熊を連想する。人の味を覚え、襲撃がエスカレートしてしまう前に駆除がなされる。


―この子供の霊も、そうなってしまう前に、私たちが止めないといけないのかな……。


「そうですよね……。すみませんでした。でも、もう迷いません」


「うむ!感心感心」


 その言葉に、全員が頷く。彼らに仲間を思う気持ちはもちろんあるものの、作戦の妨げになる同情心は無いようだった。イヌマキはその分別の潔さを純粋に尊敬した。


 『奥の院攻略要項』において、人間に対して害意が高く、物理干渉度の高い危険な霊には、コードネームがつけられることになっている。一瞬の隙を突き、人が所持している本を盗む。放置された本には目もくれない狡猾さから、本泥棒のコードネームは、死体を奪う妖怪から取り『火車』と名付けられた。


「イヌマキにも納得してもらえたようだから、話を戻そう。『火車』の対処についてだが、やや変則的な作戦を採る。これは後ほど説明しよう。そして最後の奴なんだが……」


 イチジョウがそこまで言ったところで、ニノツキが割って入ってきた。


「深夜に鳴り響いていたあの音の正体であろう?私としては、あれがどうも気になる……。恐ろしい妖気を発していたようだったが……」


「そのことについてだが、ヨツツジが見張り中に結論を出した。説明を頼む」


 ヨツツジの発言を、イヌマキは固唾を飲みながら待った。一体、何を言われるのだろうか。しばらくの沈黙ののち、ヨツツジが口を開いた。


「深夜、庭の方から聞こえてきた音の主、……あれは恐らく……」


 ヨツツジが言い淀む。嫌にための長い沈黙が続く。イヌマキが固唾を飲んで次の言葉を待つ。ヨツツジが言い淀む時は、大抵恐ろしい事実を伝えようとしている時だった。それでも彼は言わなければならず、イヌマキたちも聞かなければならない、そんな一種の覚悟を決めたのか、ヨツツジは再び口を開いた。


「ヒトの霊ではない」



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