絵しりとり vs.ヨツツジ
五月二十四日
午前三時四十分
「……」
「……」
―ズズズズズ、ズズズズズ
潜入してから一同の神経を蝕んでいた窓ガラスにひびが入る音は収まり、敵は次の一手に出ていた。イヌマキたちが拠点としている座間に隣接した障子の向こう側にある庭から、何か重いものを引きずるような音が、ひっきりなしに聞こえてくる。それは庭を満遍なく徘徊しているようで、家屋に浸入してくる様子はなかった。
部屋の隅には人の顔、消える本、窓から響く異音、次は庭からの引きずり音。豊富な霊障バリエーションでこちらを飽きさせないために気を使ってくれているのかもしれないとイヌマキは思ったが、就寝時間くらいは静かにしてほしいものである。『起こる事象にはできるだけ関与しない』ことがフェーズ1のルールであるため、誰も障子を開けてその正体を突き止めることはしなかった。しかし、正体のわからないまま一晩中謎の徘徊音を聞き続けなければならないというのも、イヌマキにとっては恐ろしかった。
「……」
「……」
―ズズズズズ、ズズズズズ
その恐ろしさを和らげてくれるミツメやニノツキは眠りにつき、睡眠中の見張りはヨツツジとのペアだった。いつものように腕を組み、うつむき加減で床に座っている彼は、眠っているように見えるが、目を見るとばっちりと起きていた。イヌマキが怖がることを思ってか、一応彼女の隣には座ってくれている。
「……」
「……」
―ズズズズズ、ズズズズズ
「あの、何かお話しませんか……?」
明かりの消えた部屋で、正体不明の音を聞き続けることに耐えかねたイヌマキが、恐る恐るヨツツジに尋ねる。彼はイヌマキを一瞥し、またいつもの姿勢に戻る。無視されてしまっただろうかと彼女が思っていると、いきなり荷物をゴソゴソと漁り、充電式読書灯とスケッチブック、そして鉛筆を取り出す。読書灯をイヌマキとヨツツジの間において明かりをつけると、暖色の光がぼんやりと光って、うっすらとした安心感を与えた。さらにヨツツジは、スケッチブックに素早く何かを書いてイヌマキに渡す。イヌマキがそこに書かれたものを確認し、ようやく彼の意図を悟る。簡易的に描かれたリンゴと、その右側に矢印が書かれている。
―絵しりとりだ。
イヌマキは思わず綻んだ表情を見せ、『ゴ』から始まる単語に思いを馳せる。ゴマやゴリラが思い浮かんだが、描けそうになかったので、仕方なくイヌマキはゴキブリを描いた。スケッチブックを受け取ったヨツツジが顔をしかめる。案外、虫は苦手なようだ。初手から申し訳ないと彼女は思った。スケッチブックをヨツツジに渡すと、瞬時に絵を描いてイヌマキに渡してきた。簡易的だが、かわいらしい『リス』の絵だった。
午前四時五十七分
ヨツツジ対イヌマキの絵しりとり勝負は途切れることなく、合計百三十八のラリーを繰り返したところで、ミツメが目を覚ました。
「ご苦労様。今から私とイチジョウで見張るから、二人は休んでね。……もしかしてこれ、絵しりとり?」
「はい、かなり白熱しました」
「確かにその様子ね、何ページ続いてるのよこれ……。じゃあ、続きは私とイチジョウが受け継ぐわ」
「私も、お二人の対決を見てみたいです」
「そうでしょう。目が覚めたら結果を見せてあげるから、今はゆっくり休みなさい」
「はい。おやすみなさい」
〇
「……俺には絵心が無いぞ。良いのか」
自信なさげなイチジョウの前に、ミツメはスケッチブックを差し出した。
「そっちの方が面白いでしょ」




