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フェーズ1 異変

   午前十時十七分


「じゃあ、`がらんとしてる`の語源はなんでしょう?」


「それはもちろん、寺の伽藍からきているのだ!」


「……正解よ」


「これで十連勝目ではないか!」


「……ニノツキだけ回答に一分待つというルールにした方が良くないか」


「私もそう思ってました」


 ミツメが持参した「わくわく 小学生雑学クイズブック」を用いてゲリラ的に開催された『奥の院雑学王決定戦』では、ニノツキが圧倒的優勢を保っていた。


「いやしかし、こういう雑学はいくら考えても仕方がない。知っているか、知っていないかの二つ。良いではないかそれで。私は知り得た知識の切れ味を確認でき、貴公らは新たな知識を頭に詰め込むことができる」


 イヌマキたちの無知を咎めているような言い方であるが、ニノツキが言うと一切の嫌味を感じないのが彼の不思議なところだった。実際、目から鱗の雑学クイズの答えを何問も解説されていくうちに、鼻筋の始まり、即ち第三の目の位置がじんわりと熱くなっているのを、一同は感じていた。新しい知識が吸収されるごとに、脳の細胞が活性化しているように思われていた。


「しかしこれが、知るということなのですね。頭が少し熱くなってきました」


「俺も同じく、だ」


「脳が喜んでいるのだよ。ヨツツジのおむすび同様、知識ももりもり蓄えんとな!」


「ねえ、そろそろ出題者を交代しない? 私も考えてみたくなっちゃった」


「なら俺が出題しよう。……それで、クイズブックはどこだ?」


「ああ、それならここに……、あら」


 瞬く間に、不穏な空気が流れた。おそらく全員の頭をよぎっているのは、『目撃情報の備考欄』。この状況で本であるクイズブックの行方が分からなくなるということは、偶然にしては出来すぎている。


「ミツメ、お前がどこかへやったんじゃないのか」


「まさか、ずっと膝元へ置いてたわ。流石の私もそこまで阿保なことしないわよ」


 自覚があったんだなと、この時イヌマキは初めて知った。


「……仕方ない。では、他のゲームで暇を潰そう」


 余りに早い段階で、しかも備考欄通りの事象が発生し、全員が困惑していたが、フェーズ1の都合上、霊障に対して表立っての反応はできなかった。彼らに今できるのは、事象を受け止め、フェーズ2まで待つということだった。


「それと、雑学王決定戦優勝者はニノツキだ。おめでとう」


「おめでと」 


「おめでとうございます」


「……この状況ではあまり喜べんな」



   午後二時五十六分


 パキパキ、ピシピシと、カーテンを閉めた窓から音が聞こえ始めてから、二時間ほどが経過していた。誰も反応こそしていないものの、明らかに窓ガラスにひびが入っている音だった。数分おきに聞こえる音がこんなに長い間聞こえてくることを考えると、窓全体がバキバキにひび割れていることになるだろう。こういうのって、一部に少しひびが入る程度のものじゃないんだろうかと、イヌマキは思っていた。これも、四国の事故物件の恐ろしさなのだろうか。と。


 一同はいつ決壊して飛散するかわからない窓に肝を冷やしながら、人生ゲームに興じていた。クイズブックはとうとう見つからず、消えたと言う他ない。これまで攻略してきた物件とは、明らかに一線を画した物理的な霊障に、イヌマキは不穏さを感じざるを得なかった。明日の朝まで、何も対処できないまま過ごしてよいのだろうか。このまま放置して、命にかかわるような危険な事態にならないだろうかと危惧する反面、この人たちなら大丈夫、背中を預けても上手くやってくれるという安心感もあった。


「イヌマキちゃん、あなたがルーレット回す番よ」


「あ、すみません」


―ピシピシ


「なかなか、順調だな。イヌマキも」


「うーむ、しかし現状最も順調なのはヨツツジだな!」


―パキパキ


「ヨツツジはいつも強いのよね」


「こういうのって、運じゃないのか」


―ピシピシ


「運も実力のうちなのだよ。それが人生ゲームとは、よく言ったものだ」


「さすがニノツキさん、深いこと言うわ」


―パキパキ、ピシピシ



   午後七時十分



 

「こんばんはー。出前の配達でーす」


「どうも、ご苦労様です」


 出前の配達員を、ミツメとイヌマキは快く迎える。


「あのー、お客さん。変なこと聞いて申し訳ないんですが……」


「何でしょう?」


「二階の窓の外に、おじいさんがいた様な気がしたんです。近づいたら、見えなくなったんですけど、もしかしたらその、ゆ……」


 隣で戦慄するイヌマキの様子を感じ取ったのか、とっさにミツメが配達員の話を遮る。


「あらごめんなさい、それは祖父ですわ。おじいちゃんったら、また変な時間に窓の外なんか行って!」


「ああ、そうでしたか。しかし、なんでこんな時間に? しかも姿を消したように見えたんですが……」


 もっともなことを聞かれ、どう説明すればよいのかあたふたしているイヌマキの隣で、ミツメは平然としていた。


「おじいちゃん、趣味でパルクールをやってるんです」


 あまりに普段聞くことが少ない単語に、配達員は一瞬固まる。


「パルクール……? あの建物と建物の間をジャンプとかで移動する?」


「ええ、それよ。そのパルクール。高速移動の練習中だったから、消えたように見えたんじゃないかしら。ね?」


 いきなり同意を求められたイヌマキは、頷くことしかできなかった。


「そういうことでしたか。すいません、変なこと聞いて……」


「こちらこそ、お見苦しいところを失礼しましたあ」


 「パルクール……」と首を傾げながら帰っていく配達員をしばらく眺めて、ミツメはイヌマキを見ていった。


「さ、戻りましょ。今夜はオムライスよ」


 色々不穏なことが続いていたが、やはりこの人がいれば何とかなるかもしれない、とイヌマキは思った。




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