フェーズ1 潜入
五月二十三日午前九時三分
「それではこれより、作戦№00328を開始する。この家を、清いものにしてゆこう」
古風なスライド式のドアを開いて中に入る一同。築五十五年だけあって、かなり古かった。壁はひんやりとした土壁で、至る所にひびが入っている。玄関を左に曲がり狭い廊下を進む。いくら五人で潜入しているとはいえ、イヌマキは潜入の瞬間だけは慣れなかった。様々な霊障が発生し、複数の霊が目撃され、その中には人間ではないものも混ざっている。廊下の曲がり角から、後ろから、そういったものが襲い掛かってこないかという恐怖はどうしても拭えなかった。
丸腰で進むイヌマキはどうしても一同より遅れを取りがちだったが、どれだけ遅くても彼女の後ろにはヨツツジがついてくれていた。振り向くと、無表情で無言のまま見つめてくる。手に持っているお米が重そうだった。「重くないですか」と聞いたイヌマキに対して、彼はお米を頭上高くに持ち上げた。きっと大丈夫だということだろう。
廊下を渡り、扉を開けた先は、十六畳ほどの畳が敷き詰められた広い空間であった。
「昔の家特有の、無駄に広いスペースね」
「おばあちゃんの家を思い出します」
「主要拠点はここにする。広い方が、いざという時に対処しやすい」
「やはり、畳は落ち着くなあ。下宿先が恋しくなってきた」
ぶつぶつと言いながら荷物をまとめる一同。「私の荷物はここに置こう」とイヌマキも自分のスペースを定め、部屋の隅に目をやった時、思わず「ひっ」と声を漏らした。
部屋の四隅の一角の畳から、老人の頭だけが生えていた。しかも頭全体ではなく、水面から顔を出している時の様に、鼻から下は畳に埋まっていた。あまりにも異様な風貌と早すぎる展開に、イヌマキは絶叫をもう少しで上げてしまうところだったが、すんでのところでイチジョウに両肩を掴まれた。
「驚くのも無理ないが脅威ではない。だから反応はするな」
相手に聞こえないよう小声でささやくイチジョウの声に、イヌマキは弱々しく頷いた。恐るべき四国、イヌマキはこの土地を侮っていたようだった。畳から生えた老人は、イヌマキのことをじっと見つめ、驚かれたことを悟ったのか、じっとりと笑ったように見えた。その様子を見た瞬間、イヌマキの心は恐怖よりも、「なんだこいつは」という気持ちが勝った。
「ごめんねー。日当たりが良い方が好きだから、こっちに私の荷物おかせてくれない?」
目が合ったまま動けないイヌマキに気づいて、ミツメはその老人の目の前に彼女のボストンバッグをぼすんと乱雑に置いた。物理的な遮断で正気を取り戻したイヌマキは、何とか立て直そうと窓の外を眺め、再び絶叫しそうになったが、何とか耐えることができた。窓の外側で、窓枠を猿の様にぶら下がりながら、作業着を着た男がこちらを見ている。不運にもその男と見つめあう形になってしまったイヌマキが再び硬直していたが、不意に窓がカーテンで隠され、敵の視線は遮断された。「西日が入ると暑いからな、ここののカーテンは閉めておこう」という、イチジョウの機転を利かせた行動により、作業着男は視界からふさぐことができた。
流石に二体同時に出てくると思っていなかったのか、全員それなりに緊張感を持っているようだ。そんな様子を感じ取ったイチジョウが、パンッと両手を叩いて注目を促す。
「……それではこれよりフェーズ1に入る。一切のアクション、およびリアクションは禁止。でかい声では言えないが、なかなか状況は深刻なようだ。気を引き締めていけ」
いくら視線を塞いだところで、その遮蔽物の先に“いる”のには変わらない。これまで幾度か霊と対峙し、耐性が付いてきたと思っていたイヌマキであったが、不意に現れたことや、悪意を持って脅かされたことには慣れておらず、うつむいて戦意喪失気味だった。そういうわけで周囲を見ることも憚られていたのだが、ミツメがパーティー用鼻眼鏡をかけていたので、視線がそこにくぎ付けとなった。恐らくイヌマキの緊張を和らげてくれるための措置だろうが、特に面白くもないし緊張もやわらがなかった。しかしミツメの異様な様子に何も触れずに他メンバーはいつも通りにいしている。そのことの方がイヌマキは面白くて、結果的に緊張が和らいだ。
ミツメの様子を同じく無視し続けながらイチジョウが言った。
「いつも通り退屈な時間なわけだが、人生ゲームでもやるか?」
「ちょっと待って」
不意にミツメが声を上げた。
「ちょっと今日は趣向を変えてみない?」




