鈍色の街
作戦当日五月二十三日。
四国 高知県某所
「それにしても、古い街ね。一昔前に置いてかれたみたい」
ロケーションのある四国地方の街は、寂しい、というのが第一印象のさびれた街だった。日焼けして薄汚れた民家や雑居ビルの廃墟が、大通り沿いに点々としている。通りの片方は海に面しており、暗く荒い海面が、曇り空のもとに広がっている。
「おお、これは図書館の廃墟か!」
「わあ、すごい。初めて見ました」
町営の小さな図書館が、閉館当時の様子を残して、そのまま廃墟になっていた。ガラス張りの扉を除くと、中の様子が見て取れた。本棚には埃こそ被っているものの、きちんと収められた蔵書についてはまだまだ形を保っており、とてももったいないとイヌマキは思った。
「おい、早く行くぞ。作戦が終わってから、好きなだけ見ればいい」
作戦を忘れ、時代に置いて行かれた本たちに見入っていたイヌマキとニノツキは、しぶしぶそこを離れ、一同に着いていった。
「もったいないなあ、あんなところに放置するなら、私が全て貰ってやるのだが……」
「私も欲しいくらいです」
「うむ、ならば折半だ! ホラー小説はすべて君に譲ろう。私は読むのが苦手だからな」
「本当ですか? 嬉しいです!」
イヌマキはそう言った後、その見た目と話し方で、ホラー小説を読まないことに横転しそうになった。
〇
それから十分ほど歩いたところで、目的地となるロケーションが見えてきた。その物件の前に、少しくたびれた中年の男が立っていた。
「初めまして、我々、事故物件完全攻略サークル『奥の院』の一同です」
「ああ、本日ははるばる、ご苦労さんです」
イチジョウの挨拶に、温和に対応したのは、本作戦の依頼者である浜内という男である。身なりはその辺の中年男性と何ら区別はつかないが、少しくたびれた様子である。普段、依頼者とサークルのやり取りはイチジョウが行っているが、今回は依頼者がどうしても顔合わせをしておきたいというので、当該物件の前で落ち合うことにした。それぞれ自己紹介が終わった後、ハマウチは話し始めた。
「不動産屋んとこで評判になっとるって聞いてたので、期待してます。もう、お祓いやらクリーニングやら、何をやっても駄目なもんで……」
ハマウチの語りから、彼が本件について心底疲弊しているであろうことはすぐにわかった。そんな様子をくみ取ったのか、イチジョウは「ご安心を」と言った。
「我々には他の界隈とは違う、特殊な方法で霊障を撃退しますので」
「心強いねえ、まだ若いのに。でも、無理と分かったら、早々に切り上げてちょうだいよ。自分のことが、一番大事だからね」
人のよさそうな話し方と、地方特有の訛りに、イヌマキはこの男に好感を覚えた。
「それで、少し伺いたいのですが」
「ああ、どうぞ。私に答えられることなら」
「目撃情報の備考欄に、『本が消える』とあったのですが、あれはどういうことかご存じで?」
それを聞いた瞬間ハマウチは、苦い表情をした。それが特殊な事例であることは、彼も承知しているのだろう。
「ああ、そのことねえ……。私もあんまり詳しく知らないから、上手いこと言えんのやけど、引っ越しで持ってきた本たちが、次々消えるっていう報告をうけとるんよ……。入居者の人らはそれが一番気味悪かったと言うてました。霊が見えるとかはまだしも、実体の物が消えるっちゅうのは……。生きてる人間が住み着いてるんちゃうかとも言われましたが、いくら調べてもそんな証拠は出てきませんので難儀してるんです」
「こちらの諜報員の周辺調査の結果では、あるご老体がが数年前に単身で住んでいて、その方が亡くなってから霊障が発生したとのことです。その老夫婦について、何か心当たりはありませんか」
イチジョウの言葉に、彼は面食らった様子だった。恐らく、物件の住人まで調べられていることに、奥の院の徹底ぶりを実感したからであろう。
「あ、ああ……、ミヤモトさんね。あの人、人柄も良くって、上品な方でした。ごく普通のおじいさんといった感じで、特に変わったところは無かったんですが」
「なるほど……」とイチジョウが呟き首をかしげた。有益な情報を得られないまま作戦が開始されることを、少し憂いている様子だった。
「貴重な情報、ありがとうございます。では、我々はこれより作戦に移ります。三日後、また連絡いたしますので」
「何も役に立てなくて申し訳ないねえ……。本当に気を付けて。吉報をお待ちしてますよ」
その後ハマウチは頭を下げ、その場を去っていった。その後ろ姿が見えなくなったところで、ミツメが「あのおっさん胡散臭いわね」と口を開いた。
「ああ」とイチジョウも同意した。あの男に好印象を感じていたイヌマキは、自分の見る目が全否定されたようで困惑した。
「私には、人のよさそうなおじさんに見えたのですが……」
「イヌマキちゃん、ああいうのに騙されたら駄目よ。あれは相当食えないタイプね」
「不動産屋は嘘をつくイメージがあると思うが、大家もまた嘘をつく。おそらく、あの本の件も何か知っているだろう」
イヌマキは、イチジョウが本の話を持ち掛けたときのハマウチの表情を思い出した。言われてみると、触れたくない話題だったのかもしれないと思えた。
「あまり時間もない、そろそろ潜入を開始する。ここで考えても仕方がないからな」




