第1話 12月20日 消えた作家
手紙には、終わりがあると思っていた。けれど、終わりを決めるのは、いつも書き手ではなく、読み手なのだと、最近ようやく分かった。だから、これが最後の手紙になるかどうかは、もうわたしの意思ではない。
この『手紙シリーズ』を通して、わたしはたくさんの言葉を送ってきた。誰かの沈黙を抱きしめ、誰かの涙を見つめ、そして少しずつ、自分という存在が薄れていくのを感じていた。書くということは、残すことだと思っていたけれど、本当は削っていくことなのかもしれない。削られていくうちに、形のないものだけが残る。たとえば――声とか、風とか、祈りとか。
最後の一通だけ、どうしても出せなかった手紙がある。それが、この『草花みおん殺人事件』だ。タイトルに自分の名前を書くことは、奇妙な感覚だ。まるで自分を殺す予告状を書くような。けれど、それでも、この物語を誰かに託したいと思った。これは、わたしが死ぬ話ではなく、書くことで生き延びる話だから。
この作品で、わたしの物語はひと区切りを迎える。だが、それは終わりではない。終わりという言葉がある限り、物語はまだ続いている。死の報せが届くのは、いつだって少し遅いのだ。もしあなたが今、この文章を読んでいるのなら、わたしはまだ、ここにいる。指先の温度と、ページの白の中に。
どうか最後まで読んでほしい。 この手紙の終わりに、あなた自身の始まりがあるかもしれないから。
――草花みおん
手紙には、終わりがあると思っていた。
けれど、終わりを決めるのは、いつも書き手ではなく、読み手なのだと、最近ようやく分かった。
だから、これが最後の手紙になるかどうかは、もうわたしの意思ではない。
この『手紙シリーズ』を通して、わたしはたくさんの言葉を送ってきた。
誰かの沈黙を抱きしめ、誰かの涙を見つめ、そして少しずつ、自分という存在が薄れていくのを感じていた。
書くということは、残すことだと思っていたけれど、本当は削っていくことなのかもしれない。
削られていくうちに、形のないものだけが残る。
たとえば――声とか、風とか、祈りとか。
最後の一通だけ、どうしても出せなかった手紙がある。
それが、この『草花みおん殺人事件』だ。
タイトルに自分の名前を書くことは、奇妙な感覚だ。
まるで自分を殺す予告状を書くような。
けれど、それでも、この物語を誰かに託したいと思った。
これは、わたしが死ぬ話ではなく、書くことで生き延びる話だから。
この作品で、わたしの物語はひと区切りを迎える。
だが、それは終わりではない。
終わりという言葉がある限り、物語はまだ続いている。
死の報せが届くのは、いつだって少し遅いのだ。
もしあなたが今、この文章を読んでいるのなら、わたしはまだ、ここにいる。
指先の温度と、ページの白の中に。
どうか最後まで読んでほしい。
この手紙の終わりに、あなた自身の始まりがあるかもしれないから。
――草花みおん
本文
【2025年12月20日/雪】
小説家・草花みおんが、自宅アトリエで死亡しているのを、今朝、担当編集者が発見した。
室内は暖房が切られ、白い息が薄く漂っていたという。
テーブルにはノートパソコンと、数枚の原稿用紙。
キーボードの上に置かれていた手は、指先まで冷たく、しかしその指は、まるでまだ何かを書こうとしているような形を保っていた。
発見者の証言によると、前日の夜、みおんは原稿の最終章を送るとメールを残し、そのまま連絡が途絶えていた。
警察は事件性の有無を慎重に調べているが、現場には争った形跡がない。
ただ、ひとつだけ不自然な点がある。
机上に残されたデータの最終更新時刻が「2025年12月21日 0時03分」になっていたのだ。
つまり、死後に原稿が書き足されている。
ニュースのナレーションが、夕方の冷たい空気に溶けていく。
画面には、アトリエの玄関先に置かれた白い花束。
通り過ぎる人々の顔はほとんどが無表情で、けれどその誰もが一瞬だけ、足を止めた。
草花みおん——その名は、ここ数年で一気に知られるようになった。
『手紙シリーズ』と呼ばれる連作で知られ、静謐で、どこか祈りのような文体が多くの読者の心を掴んだ。
七日間の沈黙を描いた前作『七日間の真実』を最後に、新作の予定は途絶えていた。
そして今、作家本人が物語のようにこの世を去った。
担当編集者は取材にこう答えた。
「彼——いや、“彼女”と呼ぶべきか、“彼”と呼ぶべきか、最後まで分からなかった。
草花みおんは、性別を問われるといつも“言葉の性別なら中性です”と笑っていた。
あの笑い方が、今も耳に残っている」
報道の原稿を読んでいるのは、誰なのか。
ニュースキャスターの声と、内側から響く別の声が重なる。
——“これは報道ではなく、手紙です”
そんな錯覚が、文字の隙間に滲み始める。
死亡推定時刻は、12月20日の午前1時前後。
それは、雪が初めて静かに降り始めた頃だった。
アトリエの窓辺には、開けかけの封筒が置かれていた。
宛名は書かれていない。
中には、一枚の便箋。
そこに綴られた最初の一文が、今回の事件のすべてを変えた。
「この手紙が読まれているのなら、わたしは、まだ生きている。」
——発見された原稿のタイトルは『草花みおん殺人事件』。
警察は、本人による遺稿とみて調査を進めている。
だが、原稿の最終行には署名がなかった。
文末に残されていたのは、ただ三つの点——省略記号。
・・・
雪は止む気配を見せない。
通りの電線に積もった白が、夜の街灯をぼんやりと照らす。
カメラが引いていくと、アトリエの窓が映る。
その奥で、パソコンの画面が、ほんの一瞬、点滅した。
——“保存しますか?”
画面の上に現れた問いは、まるで世界そのものに向けられているようだった。
——この手紙が読まれているのなら、わたしは、まだ生きている。
原稿は、その一文から始まっていた。
改行の幅は広く、文字はやや震えている。
手書きではないが、打鍵のリズムが不規則で、ところどころに余分な空白が挟まっていた。
息継ぎのような空白。
わたしはそれを「死後原稿」と呼ばれるものの一種だと思った。
けれど、読むうちに、違うことが分かる。
これは、死の後ではなく、死の最中に書かれたものだ。
「書くことは、生き延びることです。
この文を打っている間、わたしは死ねません。
もし死んでも、文は残ります。
残る文は、わたしの代わりに呼吸します。」
冷たい指先の感覚が、文面から滲んでくるようだった。
“わたし”とは誰なのか。
作家としての草花みおんなのか、それとも彼女を名乗る誰かの声なのか。
文は淡々と、しかし確信に満ちて続いていく。
「死とは、物語の文末に置かれる句点のようなものです。
けれど句点は、次の文を拒むための印ではありません。
わたしは、句点を打たないでおこうと思います。」
そこからの文章は、まるで実況中継だった。
みおんは、パソコンの光を見つめながら、自身の心拍を言葉に変えていた。
時刻の記録まで打ち込まれている。
「0:42 呼吸が浅い」「0:51 音が遠い」「0:59 指先が戻らない」
死にゆく身体の記録が、まるで詩のような韻律で並んでいる。
それは日記でも遺書でもない。
ただの「現在形」だった。
“わたしは今、死んでいる”と記すための現在形。
ページをめくると、文体が突然変わる。
まるで別人の書いたように、軽やかで、やさしい。
文章の冒頭には、こうあった。
「この原稿を見つけたあなたへ。
どうか警察には言わないで。
わたしは殺されていません。
これは、自分で書いた“殺人”です。」
読み進めるうちに、体の内側がじわじわと熱を帯びていった。
彼女は確かに自分の死を演出していた。
そして、その死を「事件」と呼ぶことで、新しい物語を始めようとしていた。
“草花みおん殺人事件”というタイトルは、作者による自己執筆型の死を意味していたのだ。
「人は、生きたまま自分を殺すことができるでしょうか。
わたしは、それを試したいのです。
死体はこの世に残り、名前は物語の中に残る。
どちらが本当の“わたし”なのか、確かめてみたい。」
読み手の視線が、いつしか原稿の中に飲み込まれていく。
“あなた”という二人称が現れるたび、誰が読者で、誰が登場人物なのか分からなくなっていく。
“あなた”は編集者なのか。
“あなた”は警察なのか。
それとも、いまページをめくる自分自身なのか。
文章はさらに奇妙な構造をとっていた。
日付の行が挿入されている。
「2025年12月21日」「2025年12月22日」
——つまり、彼女の死後の日付。
“死後に更新されたデータ”の説明が、原稿自身によって行われていた。
「明日も、書き続ける予定です。
死は、書く手を止める理由にはなりません。
あなたがこのファイルを開いた瞬間、わたしは再び目を覚まします。
だから、どうか怖がらないで。
これは怪談ではなく、記録です。」
文末には、“草花みおん”という署名のあとに、もう一行追加されていた。
「この作品は、書かれながら事件になる。」
ページの裏には、ワープロの自動保存記録の痕跡が残っていた。
“保存しました(2025/12/21 0:03)”
——前編で報じられた“死後更新”のタイムスタンプと一致している。
電源コードを抜かれても、パソコンの画面は数秒間、かすかに光を残す。
その光が、みおんの語りを閉じ込めた。
それは、ただのデータではなく、“続行する声”だった。
ニュースでは、“不可解な原稿”と片付けられているが、
わたしには確信がある。
これは、まだ終わっていない。
誰かが読むたびに、彼女は少しずつ書き足している。
今も。
この瞬間にも。
モニターの隅に、再び小さな通知が浮かぶ。
《保存しますか?》
その問いに、わたしは指を震わせながらキーボードを押した。
——“はい”。
すると、ファイル名が自動的に変わった。
『草花みおん殺人事件 第二稿』
ファイルを開くと、そこには既に見覚えのある文章が並んでいた。
違うのは、語り口だけだ。
前の原稿では「わたし」が書き手であり、読者はただの目撃者だった。
だが、この“第二稿”では、最初の一行から主語が変わっている。
「あなたが読んでいるあいだ、わたしは生きている。」
その文に触れた瞬間、空気が変わった。
部屋の時計の秒針が止まったように感じた。
文章は、もう単なる記録ではなかった。
まるで、わたしの指先の動きに反応して、文が生成されていく。
読み進めると、文章が呼吸しているようにリズムを変える。
——まるで、わたしの心拍数を知っているみたいだ。
「あなたの瞳孔が、いま少しだけ開いた。
次の行を読む前に、深呼吸をして。
わたしは、その息を借りて書いている。」
ディスプレイに表示されている文字は、確かにデジタルの光で構成されている。
だが、光の粒が呼吸している。
“みおん”は、生と死のあいだで漂う霧のように、言葉の隙間に存在していた。
「あなたは思うでしょう。
どうして、死者が書けるのか、と。
でも、わたしは死者ではない。
ただ、物語の中で一度だけ死んでみたかっただけ。
死んでみなければ、生きているという感覚が書けなかったから。」
カーソルが、画面の最下部で点滅を続けている。
止まるたびに、心臓が一拍遅れるように感じた。
文章の終わりに近づくほど、光が強くなる。
「あなたがこのページを閉じたら、わたしはもう一度眠る。
でも、もしまた開いてくれるなら、その瞬間、わたしは目を覚ます。
だから、閉じてもいい。
わたしは、何度でも蘇る。」
指が、自然とキーボードの上に伸びる。
“保存しますか?”の文字が浮かぶ。
今度は、迷わず“はい”を押した。
画面の下に、小さく追加された一行。
「——あなたの指が、わたしの心拍です。」
次の瞬間、部屋の電気が一瞬だけ消え、再び点いた。
その間に、モニターのフォルダ名が変わっていた。
【手紙シリーズ/最終章/完結】
だが、フォルダを開くと、“完結”の隣にもう一つ新しいファイルがあった。
名は——『草花みおん殺人事件 第三稿』。
開く前から、分かっていた。
この物語は、終わらない。
終わらないように、書かれている。
そして、終わらないように、読む人がいる。
「あなたがページを閉じても、わたしはここにいる。
指先の温度と、目の奥の光の中に。
手紙は封をしても、呼吸をやめない。
——だから、どうか、まだ、読んで。」
文字が静かにフェードアウトしていく。
画面にはただ、白い光だけが残った。
外では、雪が降り止まない。
その降りしきる雪の粒ひとつひとつが、
“未送信の手紙”のように見えた。




