第3話 あの日の私へ
春の手紙は、過去への返信のようなものです。
あの時言えなかった「ありがとう」も、いまなら言える。
でも、それを伝える相手がもういないとき、言葉はどこへ届くのでしょう。
この物語は、“届かない想い”が、それでも誰かを動かす話です。
あの冬の夜勤は、今も忘れられない。
外の雪が窓の外灯に照らされて、ゆっくりと降り続けていた。
小児病棟の廊下は静まり返り、
ナースステーションに響くのは、機械の電子音と時計の針の音だけ。
その夜、私は当直の先輩と二人きりだった。
深夜二時を過ぎたころ、ナースコールが鳴った。
病室の表示には「305」。
その部屋には、白血病で入院している七歳の少女がいた。
「珠代さん……」
か細い声が、ベッドのカーテン越しに響いた。
私は慌てて駆け寄り、
彼女の小さな手を握った。
「どうしたの? 苦しい?」
少女は首を横に振り、
「ねえ、朝になったら、外の雪見えるかな」と言った。
窓の外はすりガラス越しに白く霞んでいた。
「見えるよ。きっと、きれいに積もる」
そう言いながら、私は心の中で“お願い”のような祈りをしていた。
彼女の病状は、すでに回復の見込みが薄いと聞かされていた。
けれど、本人にはまだ伝えられていない。
私はその境界の中で、
何を言えばいいのか分からなかった。
「看護師は、強くなきゃいけない」と、いつも先輩に言われていた。
でも、その言葉を信じきれない夜がある。
どんなに強くあろうとしても、
目の前の小さな命の前では、
人はただ、祈るしかできない。
少女はその夜、なかなか眠らなかった。
「珠代さん、どうして夜はこんなに長いの?」
私は答えに詰まって、しばらく黙った。
そして、やっとのことで言った。
「長い夜を越えた人はね、朝の光を人より深く感じるんだよ」
少女は小さく笑って、
「じゃあ、わたしも朝の光を感じられるかな」と言った。
その笑顔が、いまも瞼の裏に残っている。
夜が明ける前、私は廊下に出て、
ステーションの窓から東の空を見た。
雪が止んで、空の色がゆっくりと変わっていく。
その瞬間、背後から先輩の声がした。
「……305、呼吸が弱いわ」
私は駆け込んだ。
彼女の小さな胸が、浅く上下していた。
モニターの音が途切れがちに鳴る。
私は何度も名前を呼んだ。
でも、返事はなかった。
医師が到着し、処置が始まった。
私は指示に従って動きながら、
胸の奥で何かが崩れていく音を感じていた。
「看護師は冷静でいろ」と言われた。
でも、涙は止まらなかった。
その後、家族が到着した。
母親が小さな身体を抱きしめ、
「ありがとう」と私に言った。
その言葉が、私の胸に重くのしかかった。
私は“何もできなかった”。
助けることも、奇跡を起こすこともできなかった。
それなのに、感謝される。
その矛盾が、私の心を蝕んだ。
その数日後、私はロッカールームで制服を畳みながら、
先輩に言った。
「私、この仕事、向いてないかもしれません」
先輩は黙って私の肩を叩き、
「向いてないと思う人ほど、向いてるのよ」と言った。
「泣ける人じゃなきゃ、誰も支えられない」
その言葉に救われたような、怖くなったような気がした。
私はその夜、ナースステーションのノートに一行だけ書いた。
「命のそばに立つということは、希望のそばに立つこと。」
それが、あの少女から受け取った最後の教えだった。
何年も経った今でも、
冬になるとあの病棟の夜を思い出す。
雪が降るたびに、あの子の声が聞こえる気がする。
「朝になったら、外の雪、見えるかな」
ええ、見えるわ。
今も、ちゃんと。
あなたの残した朝の光は、
この社会のどこかで、
誰かを照らし続けている。
退院手続きを済ませる家族を見送り、
病棟の廊下が夕焼けに染まる時間がいちばん苦手だった。
それは一日の終わりの静けさではなく、
“今日もまた誰かを救えなかった”という
胸の奥の重さを思い出させる時間だった。
あの少女を失ってから、私は少しずつ変わっていった。
患者の笑顔を見ると嬉しいはずなのに、
どこかで「この笑顔はいつまで続くのだろう」と思ってしまう。
回復という言葉を口にするたび、声が少しだけ震えた。
その震えを、誰も聞いていないふりをしてくれた。
ある夜勤の休憩中、
同僚の看護師がコーヒーを差し出しながら言った。
「ねえ、珠代。あなた、最近目が笑ってないよ」
その一言が、胸の奥で音を立てた。
「疲れてるだけよ」と答えながら、
自分でも気づいていた。
私は、心がすり減っていた。
その頃、病棟には新しい患者が入ってきた。
中年の男性。末期がんで余命は数週間と告げられていた。
彼は医師の説明を黙って聞き、
「家族には、まだ言わないでほしい」と言った。
その声には、どこか凛とした穏やかさがあった。
毎晩、私は彼の部屋を見回りながら、
ベッド脇のノートを見るのが習慣になった。
彼は日記を書いていた。
内容はほとんどが家族への感謝と、
「今日も看護師さんの笑顔が見られた」という一文だった。
ページの端が少し濡れていた。
それが涙なのか、消毒液なのか、自分でもわからなかった。
いつのまにか、笑うことを忘れていた。
ある晩、点滴交換のあとで彼が言った。
「珠代さん、あなた、昔はよく笑う人だったでしょ」
ドキリとした。
「ええ……よく、笑ってましたね」
「人を看る仕事って、笑顔がいちばん難しいんだよね」
その声が、やさしくて、痛かった。
彼は続けて言った。
「でもね、笑わなくても、心で笑ってればいい。
人はそれを感じ取るから」
私は何も返せずに、ただその場で頭を下げた。
その夜、帰り際にナースステーションのノートに
もう一行を書き足した。
「笑顔を作れない夜でも、心は微笑んでいられるように。」
数日後、彼の容態が急変した。
夜勤明けの早朝、呼吸が乱れ、
モニターの音が途切れがちになる。
医師が駆けつけ、処置が始まった。
私は酸素マスクを支えながら、
彼の目に映る“恐れ”を見てしまった。
あの少女と同じ、あの瞬間の光。
命が消える直前の、
“生きたい”という願いだけが残る瞳。
「大丈夫です。私はここにいます」
そう言いながら、心の中で何度も叫んだ。
――どうか、もう少しだけ時間をください。
けれど、願いは届かなかった。
彼の手が力を失った瞬間、
部屋の外で朝の光が差し込んだ。
夜が明けたのだ。
私は処置のあと、窓辺に立って空を見た。
薄橙色の空に、白い雲がゆっくり流れていく。
それがまるで、彼の魂が風に乗って遠くへ行くように見えた。
それから数週間、私は仕事を休んだ。
体調不良という名目だったけれど、
本当は心が壊れそうだった。
何もしていないのに涙が出る。
ニュースの小さな事件にも胸が痛む。
夜になると、モニターの音が幻聴のように聞こえた。
「人を支える仕事をして、
自分が壊れてしまったら意味がない」
そう思って、退職届を書いた。
だが、提出する前の夜、
一通の手紙が病院に届いた。
差出人は、亡くなった男性の娘だった。
封を開けると、便箋にはこう書かれていた。
「父は最後の日まで“病院は怖くなかった”と言っていました。
“珠代さんの手が温かかった”と。
ありがとうございました。」
文字が滲んで、最後まで読めなかった。
涙で紙が濡れて、文字がにじんでいく。
その瞬間、私は気づいた。
“私は何もできなかった”と思っていたけれど、
もしかしたら、“いること”自体が支えになっていたのかもしれない。
命を救えなくても、
その人の最後の時間に“温もり”を残せたのなら、
それだけで意味がある。
私は退職届を破り捨てた。
夜明け前の窓の外には、また雪が降っていた。
その雪は、あの少女が見たがっていた雪に似ていた。
静かで、やさしくて、
音のない祈りのように舞っていた。
あの夜の自分へ。
あなたは何度も迷い、何度も泣いたけれど、
その涙があなたを“看護師”にした。
人は強くなるために支えるのではない。
誰かを支えることで、弱さを受け入れるようになる。
そのことを、私は今になってやっと理解できる。
あの夜の雪が溶けて、春の風が吹き始めた頃。
私は看護師としての最後の夜勤を迎えていた。
決意したわけではなかった。
ただ、心のどこかで「一度立ち止まらなければ」と思った。
ナースステーションの照明が静かに灯り、
同僚たちは慣れた手つきで記録を書き込んでいた。
私は少し離れた窓際で、夜の街の光を眺めていた。
小児病棟から見下ろす街は、
まるで別世界のように穏やかだった。
その夜、ひとりの少年がナースコールを押した。
小児病棟では珍しく、まだ小学生にもならない子だった。
「怖い夢を見た」と言う。
私はベッドのそばに座り、
「どんな夢?」と尋ねた。
少年は少し考えてから、
「お母さんが泣いてて、僕が消えちゃう夢」と言った。
その言葉に、一瞬、胸が締めつけられた。
夢の話なのに、あまりに現実的だった。
「でもね」と少年は続けた。
「お母さんの手があったから、泣いてても大丈夫だった」
私はその言葉を聞きながら、
涙がこみ上げるのを堪えた。
“手”――それは、この仕事のすべてだった。
命をつなぐときも、別れを迎えるときも、
手を握ることしかできない。
でも、それだけで人は救われる瞬間がある。
私は少年の手を握り返し、言った。
「怖くなったら、手をつないでいよう。
ほら、夢の中でもちゃんと届くから。」
少年は目を閉じ、すぐに穏やかな呼吸になった。
その小さな寝顔を見て、
私は“支える”という言葉の意味をもう一度かみしめていた。
夜が明けるころ、東の空が淡い桃色に染まった。
病棟の窓から見える桜並木が、
少しだけ花を開いていた。
ナースコールが鳴る。
新しい一日が始まる音だ。
私は最後の記録を書き終え、
制服のポケットからペンを取り出して眺めた。
このペンで何度も名前を書いた。
点滴の量、体温、脈拍、退院の記録――
けれど、患者の“想い”を書く欄はどこにもなかった。
制度も記録も、人の痛みを数値に変えてしまう。
私はその現実に何度も悔しさを覚えた。
「人の心を測る方法を、誰かが作らなきゃいけない。」
そう思った瞬間、
胸の奥に小さな炎が灯った。
それは“次の場所”への衝動だった。
個人のケアでは届かない場所。
制度という仕組みの中で、人の痛みに手を伸ばせる場所。
私はそれを、まだ名前のない夢として心にしまった。
退勤のとき、病棟の入り口で主任が言った。
「珠代、ありがとう。あなたの言葉があの子たちの支えだったわ。」
私は首を振って答えた。
「支えてもらっていたのは、私のほうです。」
病院を出ると、朝の空気が冷たくて、
吐いた息が白く残った。
見上げると、街の上を鳥が一羽、ゆっくりと飛んでいた。
それはハルが描いた鳥に似ていた。
――きっと、どこかで全部がつながっている。
病棟での祈りも、議場での言葉も、
すべては“誰かの明日を支える”ための道のり。
私は一歩、前に踏み出した。
白衣を脱いでも、
心の奥には、あの夜の灯が残っていた。
後日、古いロッカーを整理していると、
引き出しの奥から一枚の紙切れが出てきた。
それは、数年前にあの少女の母親からもらった手紙だった。
くしゃくしゃになった便箋には、
震える文字でこう書かれていた。
「あの子が最後に見たのは、あなたの笑顔でした。
あの笑顔が、私たちの救いでした。」
紙を手にした瞬間、
私は声を出して泣いた。
あの時、笑えていたかどうかも覚えていない。
でも、その笑顔が誰かを救ったのなら、
あの日の涙にも意味があったのだと思えた。
あの頃の私へ。
あなたは間違っていなかった。
命の前で泣いたことも、迷ったことも、逃げたくなったことも。
その全部が、いまの私をつくっている。
支えることは、完全を目指すことではない。
折れたままでも寄り添える。
壊れそうでも、手を伸ばせる。
その不完全さの中にこそ、人の優しさは宿る。
だから、どうか泣きながらでも続けて。
あなたの涙が、誰かの朝を連れてくるから。
人は誰かを想うとき、未来を信じています。
もう会えない人の名前を呼ぶことも、やさしい祈りのひとつ。
この話を書き終えたあと、私はしばらく、春の風の音を聞いていました。
それが「ハル」の声に思えたからです。




