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手紙からはじまる物語 ― 見えない糸でつながる心たち ―  作者: 草花みおん
支えるということ

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第1話 母たちへの手紙

この手紙は、ある“母たち”への祈りのような記録です。

誰かを育てるということは、同時に、自分の中の何かを手放していくこと。

それでも、笑って送り出す人たちの背中に、私はずっと救われてきました。

この物語は、そんな「名もなき強さ」への小さな手紙です。

あの夜のことを、私は今でもはっきり覚えています。

冬の夜、議会が終わって家に戻る途中、一本のメールが届きました。

「産後ケアについて、どうしても聞いてほしいことがあるんです」

送り主は、市内に住む二十代の母親。名前のあとに、小さな顔文字がついていました。

その小さな絵文字の笑顔が、かえって切なく見えました。


彼女は出産後、心身の疲労から眠れない日々を過ごしていました。

夫は深夜まで仕事、実家も遠い。

昼夜の区別がつかないまま、泣き止まない赤ん坊を抱いていたそうです。

「誰かに助けを求めたいのに、頼る人がいないんです」

彼女の文章には、そんな言葉がいくつも並んでいました。


私はその夜、何度も読み返しました。

看護師だった頃、似たような母親たちの姿を見ていたからです。

でもそのときは、医療の枠の中でしか関われなかった。

点滴を替え、体温を測り、

「大丈夫ですよ」と声をかけることが、

どこかで“仕事”の一部になっていた。


あの頃の私にとって「支える」とは、

誰かを“治す”ことに近かったのかもしれません。

でも、治せない痛みがある。

それが「孤独」という名の傷だと知ったのは、

この仕事を始めてからでした。


私は翌日、その母親に会いに行きました。

小さなアパートの一室、昼間なのにカーテンが閉まっていました。

赤ん坊の寝息と、静かな時計の音だけが部屋に流れていました。

「夜、怖いんです。明日が来ないような気がして」

彼女はそう言って、笑いました。

その笑顔が、涙より痛かった。


そのとき、私は何も“政策”を語れませんでした。

代わりに、静かにお湯を沸かし、一緒にお茶を飲みました。

赤ん坊が泣くと、彼女は申し訳なさそうに立ち上がった。

「いいんですよ」と私は言いながら、

自分でも驚くほど自然に、その子を抱き上げていました。


赤ん坊の体温は、かつて病棟で抱いた子どもたちと同じ。

でも、その温もりはどこか違って感じられました。

あのときの私は、“議員”ではなく、ただの人間だった。

支えるとは、こういう瞬間のことなのかもしれない――

そう思ったのです。


それから、市の産後ケア制度を調べ直しました。

宿泊型の支援施設はあっても、

「心のケア」に特化した仕組みはほとんどない。

行政文書の中では“母親”という言葉が、

ただの数字の項目として並んでいる。

夜泣きの時間も、孤独の重さも、そこには書かれていない。


私は議会で質問しました。

“産後の母親の休息と心の健康を守る支援体制について”――

あの夜のメールの言葉を、一字一句変えずに引用しました。

議場は一瞬、静まり返りました。

その沈黙の中に、確かに“誰かの声”が生きている気がしたのです。


けれど、答弁で返ってきたのは統計と予算の話でした。

「支援事業の利用率は上がっています」「今後も周知を進めます」

誰も、あの母親の夜の孤独については語らなかった。


私は帰り道でふと立ち止まり、

街灯の下でメモ帳を開きました。

そこに、ただ一行だけ書きました。


「政策とは、誰かの涙が乾く場所であってほしい。」


それが、私の“政治”の始まりだったのかもしれません。


夜空を見上げると、

雲の切れ間から小さな星がひとつだけ覗いていました。

その光は弱々しかったけれど、確かにそこにありました。

まるで、あの母親が小さな笑顔で言った「ありがとう」という言葉のように。


議会で初めて質問をしたあの日から、私はいくつもの母親と出会いました。

メールをくれた彼女だけではなく、病院の待合室で、児童館の隅で、

買い物帰りのスーパーのレジ前で。

ほんの一瞬の言葉の端に、同じ“疲れ”を見つけることができるようになりました。


「私の声なんて、届かないと思ってました」

そう言って泣き笑いした人の顔が、今も目に焼きついています。


私は、支援の制度を少しずつ整えることが自分の仕事だと信じていました。

でも、議場を出て日常に戻ると、

制度と現実のあいだに横たわる“深い溝”を何度も感じました。

支援が届くまでの手続き。

助けを求めることをためらう空気。

「迷惑をかけてはいけない」と自分を責める母親たち。


それは、看護師時代に何度も見てきた「我慢の文化」の延長でした。

痛みを訴えた人が「弱い人」と言われてしまう社会。

母親である前に、一人の人間として休んではいけないと、

どこかで思い込まされている。


私は、夜遅くまで資料を読み、制度の他市比較を調べ、

ようやく小さな改善案を形にしました。

「産後ドゥーラ」という仕組み――

民間の支援者が母親の家を訪れ、

家事や育児のサポートを行う制度を導入できないかと提案したのです。


けれど、会議室の空気は冷たかった。

「予算が限られている」「効果が数値で示しにくい」

そんな言葉が並んで、私の声は静かに飲み込まれていきました。

私はノートの端に、そっと書きました。


“数値では測れない幸せを、どうやって守ればいいのだろう”


その夜、帰りの電車で窓に映る自分の顔を見て、

私はふと、昔の自分を思い出しました。

小児病棟で夜勤をしていたころ、

真夜中にひとりで泣いていた母親の手を握ったことがありました。

「看護師さんは、強いですね」と言われて、

その言葉に返す言葉を持たなかった。

強く見えただけで、私もまた不安だった。

命を預かる現場で、何度も無力さに押しつぶされそうになっていた。


あの時と同じだ――

立場が変わっても、感じる無力は同じ。

ただ今は、医療の限界ではなく、社会の構造という壁が前に立ちはだかっている。


「支える人を、支える仕組みがない」

それが、この国のいちばんの課題だと気づき始めていました。


数週間後、私はあのメールの母親から再び連絡をもらいました。

「少し落ち着きました。あの日、話を聞いてくれてありがとうございます」

その一文を読んだ瞬間、胸の奥で小さく何かが灯った気がしました。

政策はすぐに形にならなくても、

“届く”瞬間は確かにある。

それを信じて続けるしかない――

そう自分に言い聞かせました。


しかし、現実は待ってくれません。

市内では少子化が進み、

「子どもを産んでも育てにくい町」という声が増えていった。

議会では経済やインフラの話題が中心で、

福祉や子育ての議題は“後回し”にされることが多かった。

「母親の気持ちなんて、あなたしか分からないだろう」

そんな言葉も、時には浴びせられました。


そのたびに私は、

「では、私が分かる範囲で、すべてを語ろう」と心の中で呟きました。

議場で語る言葉の一つ一つが、あの夜に出会った母親たちへの手紙でした。


夜、家に帰ると、机の上には散らかった資料と冷めたお茶。

夫からのメッセージに「無理しないで」と一行だけあって、

それがかえって胸に沁みました。

人を支える仕事をしているのに、

自分の家庭が少しずつ遠くなっていくような気がして。


時々、自問するんです。

“私は誰のために働いているのだろう?”

“支えるって、本当にできているのだろうか?”


その答えを求めるように、

週末は市内の児童センターを訪ね、母親たちの声を聞きました。

一人の母親が、紙コップのコーヒーを飲みながら言いました。

「制度があっても、人がいないんです。

 結局、頼れるのは同じ立場の母親だけ」


私はその言葉を、議会の議事録よりも深く心に刻みました。


ベビーカーを押す母親が、風に髪を揺らした。

その背に差す光を見て、私は思った。

「支える」は、制度ではなく人のあたたかさの形をしているのだと。


その日の帰り道、夕暮れの公園でベビーカーを押す母親の姿を見ました。

傾いた陽の光がオレンジ色に地面を染め、

風が木々を揺らしていました。

母親の肩越しに見えた赤ん坊が、

私を見つけて笑いました。

その笑顔が、一日のすべての疲れを包み込んでくれた気がしました。


「あなたたちのために」と思っていたけれど、

本当は、あの笑顔に“私が支えられていた”のかもしれません。


私は、支えるという言葉をもう一度書き直してみました。


支えるとは、相手を持ち上げることではない。

一緒に立ち止まり、

その人の痛みの重さを、自分の手のひらで確かめること。


まだ政策は進まない。

制度も整わない。

けれど、その手の感覚を忘れなければ、

私はきっと歩き続けられる。


私は今も、あのメールの母親のことを思い出します。

彼女はきっと、今日もどこかで子どもを抱いている。

時々、疲れた夜に空を見上げて、

私と同じ星を見ているかもしれない。


その光が、誰かの心の中でも、まだ消えていませんように。


春が来る頃、市の庁舎の中庭に植えられた桜が、ようやく蕾をつけた。

私はその木を眺めながら、ふとあの母親の言葉を思い出していた。

――「夜が怖いんです」。

あの短い言葉の重さを、私はまだ受け止めきれていない気がしていた。


議会では、新しい産後ケア事業の予算が通った。

宿泊型支援に加えて、日帰り型のサポートを導入することになった。

小さな一歩かもしれない。

けれど、その小さな一歩の裏には、

見えないほど多くの人たちの想いが積み重なっている。


予算案が可決された瞬間、私は議場で深く頭を下げた。

誰に向けてというわけではない。

あの夜、メールをくれた母親に。

そして、これまで声を上げることのできなかったすべての母親に。


「これでようやく、一つの扉が開いた」

そう思ったのも束の間、別の課題が山のように押し寄せてくる。

現場の人手不足。申請書類の煩雑さ。

“支える人”たちが疲弊していく現実。


私は改めて思った。

政策とは、終わりのない物語だ。

今日の答えが、明日の問いになる。

一度決めた仕組みも、誰かの涙でまた揺れ動く。


その夜、家に戻ると机の上に一通の手紙が置かれていた。

封筒の表には、拙い文字で私の名前が書かれていた。

中を開くと、そこには見覚えのある筆跡でこう書かれていた。


「あの日、話を聞いてくれてありがとうございました。

 あの夜、あなたが一緒にお茶を飲んでくれたことを、

 私はずっと覚えています。

 あの時間が、私の中で“生きていく力”になりました。」


指先が震えた。

その便箋の端には、小さな子どもの落書きのような丸がいくつも並んでいた。

「これは息子が書いたんです」と小さく添えられていた。


涙が落ちて文字を滲ませてしまった。

その涙は、悲しみではなかった。

長い間、張りつめていた心がほどける音がした。


「支える」という言葉を、

私は何度も使ってきた。

けれど、本当は――

支えてもらっていたのは、私のほうだったのかもしれない。


母親たちは、ただ助けを待っている存在ではない。

誰かに頼ることを恥じず、

誰かを支える力を持った、

この社会の小さな支柱たちだ。


私は次の議会で、こう語った。


「支援とは、特別なことではありません。

 “あなたがいてくれてよかった”という関係を、

 この町にどれだけ増やせるか――

 それが、私たちの政治の役割だと思います。」


その言葉を口にした瞬間、

私の中で何かが変わった。

政策をつくることよりも、

“想いを届ける”ことが、私にとっての政治の始まりだと感じた。


夜、帰り道。

春の風がまだ少し冷たくて、

私は両手をポケットに入れながら歩いた。

街のあちこちに、新しい母親たちの影がある。

ベビーカーを押す手、買い物袋を提げる手、

その一つ一つが、生活を支える“現場の手”だ。


もしもあの母親が、また夜を恐れる日が来たとしても――

この町のどこかで、同じように泣いた人が

「大丈夫」と言える社会であってほしい。


支えられる人が、いつか誰かを支える側になる。

その循環の中で、社会はゆっくりと息を吹き返していく。


私はもう一度、星空を見上げた。

あの夜に見た小さな星が、

今夜は少しだけ明るく見えた。

きっと、それは気のせいではない。

“支え合い”という言葉が、

まだこの世界に希望を残している証拠なのだ。


そして私は、静かにペンを取って、

この手紙を書き始めた。


「夜が怖いと思ったあなたへ。

 あなたはもう、一人ではありません。

 どこかで同じ星を見上げている誰かが、

 あなたの無事を祈っています。」


それが、私の政治のかたち。

それが、私の生き方。


母という言葉は、立場ではなく「誰かを想うかたち」なのだと思います。

抱きしめる手、背を押す声、ふとしたため息。

どれもが祈りのようで、日常のようで。

この作品を書きながら、私も少しだけ“優しさの形”を学びました。



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