表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手紙からはじまる物語 ― 見えない糸でつながる心たち ―  作者: 草花みおん
七日間の真実

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/111

日曜日の朝に

(差出人:藤原蓮/宛先:神田悠真、およびこの一週間の手紙たちへ)


 朝は、音からやってくる。鳥の声よりも先に、建物の中の小さな金属が膨らむ音。配管の水が流れ始める音。窓の桟がわずかに軋む音。施設の寮はそれで目が覚める。目覚まし時計ではなく、目覚ましのような世界の音で、僕は起きる。


 ベッドの脇に、六通の封筒がある。白いもの、薄いクリーム色のもの、角が少し潰れたもの。週の始まりに一通ずつ届いた。差出人は書かれていないか、あるいは偽名だ。僕は封を切らずに重ねた。封を切れば、世界がひとつ、僕の中に入ってくる。入ってきた世界は、出ていかない。ここは出口の少ない場所で、入口はいつでも開いている。


 今日は日曜日。僕は六通の上に、これから書く一通を重ねるつもりでいる。書く前に、読むことをしなければならない。読むというのは、受け取ることだ。受け取るというのは、名を呼ばれることだ。僕は、この一週間、名を呼ばれていない。名を呼ばれないまま生きるのは、夜に似ている。夜は、いつでも誰かの名前を内側に隠している。


 最初の封筒を開ける。報告書の体裁をしているが、報告ではない。語らないことで形づくられた、ある先生の夜だった。僕は読みながら、その人の目の動きを想像した。視線は事実を作る。だから彼は視線を半分閉じ、半分だけ開けた。そこから漏れた光で、彼は紙の上に直線を引いた。直線は美しい。美しいものは、よく嘘を隠す。


 二通目は、青い罫線。右の筆圧。言い訳の形をした祈り。祈りは、だれかへの道筋だ。けれど、その紙の祈りは、自分の内側で輪になっていた。輪の中にいる限り、言葉は外に出られない。外に出られない言葉は、やがて硬くなる。硬くなると、落ちる。


 三通目は、やさしい手つきだった。僕の知っている笑い方の温度をしていた。そこに、嘘が一つだけ混ざっている。嘘は、真実の中に砂のように混ざる。舌で確かめると、わずかなざらつきで分かる。僕は読みながら、指先で紙の端を撫でた。そのざらつきは、風の音に似ていた。


 四通目は、鍵の音がする。鍵の音は、家の音であり、牢の音でもある。紙の上では、鍵は軽い。裏の紙、表の紙、押印の朱。そのどれもが、現実をわずかにずらす力を持っている。ずらすことは守ることだと、人はよく思い違える。ずれた現実の上で、まっすぐ立っていられる人は少ない。


 五通目は、観察だった。観察は、やさしい残酷さを持っている。観察者は、事件の中にはいない。けれど、外にもいられない。境目に立つ人の文字は、いつも少し乾いている。乾いた文字は、インクが早く定着する。定着したインクは、疑いにくい。疑いにくいものは、怖い。


 六通目は、赦しだった。赦しは、ゆっくりとしか育たない。急いで育った赦しは、刃になる。紙の上の赦しは、涙に似ている。涙は、紙に沁みる。沁みたあとに残る輪は、乾くと薄くなるけれど、消えない。消えないものだけが、あとで僕を助ける。


 六通を読み終え、僕は窓を開けた。朝の空気は、固さを少しだけ残している。固い空は、夜の名残だ。指を窓の桟に置くと、冷たさが爪の下に入ってくる。僕はその冷たさで、自分がまだ生きていることを受け取る。生きていることに、まだ理由はいらない。


 僕はペンを取る。左手で持つ。書き出しの文字は、少しだけ傾く。傾いて始まる文字は、途中でまっすぐになろうとする。そのとき、手首が少しだけ痛む。痛みは、正しさの証拠にならない。けれど、正しさの不在を教えてくれる。


 ——悠真へ。


 こうして君の名を呼ぶのは、はじめてかもしれない。いや、呼んでいたのに、紙に書かなかっただけかもしれない。紙に書かれない名は、世界に残らない。残らない名は、風の音に混ざる。混ざった名は、たいてい、最初に呼ばれた人のものになる。


 君は、落ちた。僕は、残った。落ちたのが君で、残ったのが僕だということは、世界の紙の上でも、僕の指の中でも、まだひとつに重なっていない。重ねるには、順番を元に戻さなければならない。順番は、よく、鍵のかかった引き出しの中で眠っている。鍵は、たいてい、誰かが握っている。握っている手は、たいてい、震えている。


 君の右手の包帯を覚えている。白い角が、風でわずかに浮いて、すぐにまた落ち着いた。指先の動きは落ち着かず、ポケットの中の何かを探していた。その“何か”は、僕の上着だったかもしれない。赤い糸は、風にめくられて、光った。印は、目印になるはずだった。迷子にならないための印は、迷子のときだけ見える。


 君が言った。「やめてくれ」と。あるいは、僕が言ったのかもしれない。僕は、まだ確かめられない。確かめると、どちらかが嘘になる。嘘にしたくない声が、世界にはいくつもある。だから、僕は確かめない。確かめないことは、逃げることかもしれない。逃げることは、罪かもしれない。けれど、僕はもうひとつの罪を知っている。——手を伸ばさなかった罪。


 あの瞬間、僕は手を伸ばせた。伸ばした手は、届いたかもしれない。届かなかったかもしれない。どちらであっても、僕は今と同じ場所にいなかった。僕は、伸ばさなかった。君の上着の赤い糸が、夕陽の色を吸って、短い炎みたいに見えた。炎は、触れれば、やけどをする。僕は、やけどを怖がった。だから、伸ばさなかった。


 この罪は、紙には書かれない。報告書にも、日記にも、観察記録にも、母の手紙にも、書かれない。書かれない罪は、誰かが自分の中で名前をつけるしかない。僕はそれを“沈黙”と呼ぶことにした。沈黙は、音でできていないから、壊れにくい。壊れにくいものは、長い。


 君の名前は、どこに戻せばいいのだろう。新聞か、墓か、校門の花束か。僕は、そのどれにも届かない場所にいる。たぶん、届かない場所にいるから、書くことができる。届く人は、書かない。届かない人が、書く。だから、これは僕の番なのだと思う。


 六通の手紙は、僕に順番を教えてくれた。順番は、いつも、誰かが決めるものだ。決めた人が正しいとは限らない。けれど、決められた順番に従って並ぶと、世界は静かになる。静かな世界は、人を眠らせる。眠っているあいだに、風が名前を入れ替える。目を覚ますと、君は落ちていて、僕は残っている。


 ——ここまでが、僕の朝だ。ここから先を、昼にするために、僕は書く。書いて、順番を言い直す。言い直すとき、人は小さな声を選ぶ。小さな声は、紙に向いている。紙は、小さな声の方がよく吸う。


 悠真。君の名を紙に戻すために、僕は一度だけ、自分の名を外す。外れた名は、風に混ざる。混ざって、また、君のところへ行く。届かなければ、また書く。届いたら、僕は静かになる。それが、日曜日の役割だと、今は思う。




(差出人:藤原蓮/宛先:神田悠真、およびこの一週間の手紙たちへ)


 悠真へ。


 この一週間、僕は六つの声を聞いた。声のひとつひとつが、風の向きのように微妙に違っていて、でも同じ場所を指していた。沈黙の中心。そこに、僕ら二人の名前が重なっていた。


 先生の沈黙は、守るための嘘だった。守ろうとしたものが何だったのか、いまは分かる。守られたのは、君と僕の区別そのものだ。区別は、人を救うことも殺すこともできる。彼はそれを知っていて、何も言わなかった。沈黙という名前の報告書を作った。


 神田悠真という少年は、報告書の中で死んだ。藤原蓮という少年は、現実の中で消えた。二つの名は、誰かの手の上で入れ替わり、紙の上で固まった。固まった紙は、真実よりも強い。紙の強さに、人は安心する。安心の中で、僕らは入れ替わったまま眠り続けた。


 君は、あの夜の風を覚えているだろうか。僕は、風の温度を覚えている。冷たくはなかった。むしろ、熱かった。風が肌に触れるたび、金網が微かに震えた。その震えが、僕の背中を押した。誰かの手の力ではなく、風の力だった。そう信じたい。信じることでしか、僕は呼吸ができなかった。


 手を伸ばさなかった罪を、僕はずっと抱えている。伸ばしていれば、君を掴めたかもしれない。けれど、伸ばさなかったから、君の影を見つめることができた。落ちていく君の影は、夕陽を切り裂くように赤かった。あの赤は、上着の糸の色と同じだった。風にめくられて光った印。その印が、僕の中で燃え続けている。


 母さんの手紙を読んだ。袋を切る音、鍵の音、赦しの音。彼女は、まだ知らない。いや、気づいているのかもしれない。母親という生き物は、気づいたまま黙る。沈黙は、いちばん深い祈りの形だ。祈りは、風よりも遅く届くけれど、確かに届く。僕は、彼女の祈りの届く先に、自分の名前を返したい。


 父さんの手紙は、紙の中で名を入れ替えた。表の名前と裏の名前。その入れ替えが、僕を生かし、君を眠らせた。父さんは鍵を持っている。鍵を回すことが真実を壊すことだと知っている。壊さないことを選ぶのは、罪かもしれない。けれど、壊すことだけが正しさではない。壊さないことで救われる命もある。僕は、その救いの中で息をしている。


 夏帆の手紙を読んだ。扉の影で震えていた彼女の沈黙を、僕は見ていた。彼女は見ていなかったと言いながら、すべてを見ていた。見ていないふりをすることも、また見ることの一部だ。彼女の見えない視線が、僕をあの場所に留めた。彼女の声は風と同じ高さにあって、今も耳の奥で鳴っている。


 観察者の記録を読んだ。彼女のノートは、音の形をしていた。観察者は事件の中にも外にもいられないと言っていた。けれど、彼女はすでに中にいた。観察するという行為そのものが、事件の輪の内側にある。観察は、記録ではなく、介入だ。介入のやさしさで、世界はわずかに動く。彼女の視線がなかったら、僕はこの手紙を書いていない。


 僕は、この一週間で、すべての沈黙に触れた。沈黙は、音よりも多くのことを語る。音が止むとき、人は本当の言葉を思い出す。僕の思い出の中の言葉は、どれも短い。「やめてくれ」と「押してない」。それだけで、世界が回る。どちらが先に言ったか、もうどうでもいい。大事なのは、どちらの言葉も、止めるために発せられたということだ。止めたかったのは、風か、運命か、名前の入れ替えか。いまの僕には、答えられない。ただひとつ言えるのは、どちらの声も、同じ方向を向いていたということだ。


 僕は今日、教会の裏手にある小さな公園へ行った。ブランコが二つ並んでいる。風が押すと、空の板が音を立てて揺れる。子どものころ、君と並んで乗った記憶がある。記憶の中の風は、いまよりも優しかった。揺れは、時間のようだ。前へ行くときも、戻るときも、中心は変わらない。中心がある限り、人は帰ってこられる。だから、僕は帰る。この手紙を書き終えたら、名前の順番を戻すために。


 君の名を呼ぶ。神田悠真。君の右手を、僕はこの左手で握る。紙の上でしか届かないとしても、それでいい。届かないことは、終わりではない。届かないものを見つめることが、生きるということだ。


 僕は、報告書の訂正を願い出るつもりはない。墓石の名を削ることもしない。世界の上で入れ替わったものは、世界の中で風化させるしかない。風化は、赦しの一部だ。風が吹くたび、文字の輪郭が少しずつ薄れていく。薄くなった文字の下から、もう一つの名が浮かび上がる。それが、僕たちの真実だ。


 悠真。君は死んでいない。君の沈黙の中で、僕が生きている。僕は君の声を聞くたび、呼吸を思い出す。呼吸は、まだ途切れていない。君の「押してない」という言葉は、僕の「伸ばさなかった」という言葉と、同じ形をしている。どちらも、止めようとした手の記憶だ。


 この手紙を、日曜日の朝の光で包む。朝の光は、夜の影を選ばない。すべてを平らに照らす。照らされたものは、区別を失う。区別のない場所で、ようやく僕は名を取り戻せる。


 署名の前に、ペンを置く。名前は二つ。どちらも僕だ。どちらも君だ。名前を書くことは、命をもう一度描くこと。だから、ゆっくり書く。


 ——神田悠真。


 そして、その下にもう一度書く。


 ——藤原蓮。


 二つの名は、上下に並んで、同じ大きさになった。風が通り抜けても、紙は破れなかった。ページの端で光がひとつ、跳ねた。これが、僕たちの朝だ。

 『七日間の真実』は、手紙の形をした沈黙の物語です。月曜日から日曜日まで、七通の手紙が一つの事件を取り囲み、やがてその枠を溶かしていきました。語られなかったこと、言葉にできなかった想い、そして“書く”という行為がもたらす救い——そのすべてを、手紙という形で描きたかった。


 手紙は、誰かに届くことを前提にしていません。届かないかもしれないという不確かさの中で、それでも書かれるものです。届くかどうかよりも、書くことそのものが祈りであり、罪であり、そして赦しである。七日間の間、登場人物たちは皆、それぞれの言葉を世界に放ちました。紙の上でだけ真実を言える人、紙に嘘を閉じ込めた人、紙を通してようやく相手に触れた人。どの手紙も、真実の断片でした。


 “入れ替わり”という形で描かれたのは、単なる事件ではなく、名前と存在の関係です。人は、名前を失うとき、自分の輪郭を見失います。けれど、名前を取り戻すことは、必ずしも世界に訂正を求めることではありません。誰かがその名を思い出し、呼びかけることで、記憶の中にもう一度息づく。それが、この物語での“生き返り”でした。


 書くこと、読むこと、そして黙ること。その三つは、どれも同じ線の上にあります。どれもが、自分の中に沈んでいる誰かを呼び起こすための手段。手紙とは、声の代わりに沈黙を形にしたものなのです。沈黙を持つ人がいる限り、この物語はどこかで続いているのかもしれません。


 日曜日の朝に、藤原蓮は二つの名を並べました。それは、彼自身と神田悠真だけでなく、この物語に関わったすべての人たちの“名を取り戻す”行為でもありました。名前は書くたびに形を変えますが、そのたびに新しい真実が生まれる。真実は、ひとつではなく、重なり合うものだということを、彼らは教えてくれたのです。


 “書く”という行為が、誰かを救うとは限りません。しかし、“書く”ことによって、自分が世界とまだ繋がっていると感じられるなら、それは小さな奇跡だと思います。手紙とは、見えない糸です。その糸は切れそうで、けれど決して完全には切れない。誰かがそれを結び直すたびに、物語は新しい一日を迎えます。


 ——だから、もしあなたがこの物語を読み終えたとき、心のどこかに思い出したい誰かの顔が浮かんだなら。その瞬間こそが、『七日間の真実』の続きを生み出す一行なのです。


 手紙は終わりません。終わりがあるのは、封をする人の心の中だけです。封の先には、まだ見ぬ誰かの朝がある。どうかその朝が、少しでも柔らかい光に包まれていますように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ