土曜日の赦し
差出人:藤原志乃/宛先:息子・蓮)
蓮へ。
この手紙をどこに置けばいいのか、まだ決められないでいる。仏間の机は広すぎて、便箋が迷子になる。冷蔵庫の横はうるさくて、言葉がふるえる。だから、いまは食卓の端に置いて書いている。母さんの手の届く場所に、あなたに届かないかもしれない言葉を並べている。
朝、玄関を開けたら、門柱の脇に新しい花が挿してあった。名前のない花束。花屋の包み紙には店名のスタンプが押されているのに、差出人の名はどこにもない。名のないものばかりが、家の周りに増えていく。名のない花、名のない封筒、名のない噂。名を失うと、どれも同じ色になる。白、と言うにはどこか灰色で、灰色、と言うにはどこか温かい色。
お父さんは、よく眠れないと言って仕事部屋に籠もる。眠れない人は、紙の音が小さくなる。ページをめくる音が、いつもの半分くらいに小さくなるのだと、最近知った。昨夜は、机の引き出しの開け閉めを三度聞いた。三度で止めたのは、たぶん、止めたかったからだろう。止めたい音を、止められるうちはまだ大丈夫。止められなくなったら、そのときは母さんが鍵を持とう。
ねえ蓮。あなたの机から戻ってきたノートの束の中に、一枚、透明な袋に入れられた紙切れがある。学校の先生が「遺書です」と言って渡してくれた紙。母さんは、それをまだ袋から出していない。出すと、湿気を吸って文字が滲む気がして。袋ごしに見える線は、力強い。右下がりで、迷いがない。あなたは左手で絵を描いたけれど、字は右で書くこともできたっけ。幼いころ、箸は右、鉛筆は左、スプーンは日によりけりで、保育園の先生が困った顔をしたね。母さんはその顔が可笑しくて、「この子は両方で生きるのよ」と言った。
思い出は、都合のよい指先だ。触りたいところだけを撫でる。痛むところには触れない。触れない場所は、やがて他人の体のようになる。わたしの思い出の中で、あなたはいつも笑っている。笑っていないときも、笑いかけようとする顔をしている。無理に笑うと、左の口角だけが先に上がる癖。写真を見返すと、どれも同じ顔だ。母さんは写真の中のあなたに話しかける。返事がないのは分かっているのに、話しかける。返事のない会話は、祈りに似ている。
学校の門のところで、わたしは何度かあなたの友だちを見かけた。右手に白いテープを巻いた子が、ポケットの中を探る仕草をしていた。指先の動きは落ち着かなくて、急いでいるのに、何も見つからない人の手つきだった。彼の顔をまっすぐ見ることができなかった。見てしまうと、こちらの目の奥に何かが残るから。目の奥に残ったものは、夜の灯りで影になる。影は寝室の天井で動く。わたしは影に名前をつけず、ただ「お休み」を言う。
キッチンの隅に、あなたが描いた絵が一枚貼ってある。水の上に浮かぶ船。黒い線で輪郭を描いて、碧い色を重ねた。碧はあなたの好きな色だった。母さんには同じ碧を出せない。絵の具のふたを何度開けても、少し違う。違うのに、違うと分かるだけの目はまだ残っている。残っている限り、母さんは色を探す。探しているあいだは、泣かずにいられるから。
先生が「立派な遺書でした」と言った。立派、という形容は、遺書に似合うのだろうか。立派なのは、紙の厚さか、文字の強さか、言葉の節度か。母さんは分からない。ただ、袋ごしの線は、母さんの知っているあなたの字よりも少し大きい気がした。大きい字は、強い心の表れだと言う人がいる。強い心は、どこへ行ってしまったのだろう。強い心は、風に乗るのだろうか。風のことを考えると、胸が詰まる。あの日の風のことは、聞かないようにしている。聞くと、耳の奥に砂が入って、しばらく取れないから。
ねえ蓮。母さんは、怒ってもいる。誰に、と聞かれると困る。世界に、と答えるのは大げさだし、誰か一人に、と答えるのは卑怯だ。怒りは、名前をつけると弱くなる。弱くすると、泣きたくなる。泣くのは、夜にしている。昼は、花の水を替える。水を替えると、茎が軽くなる。軽くなった茎は、少しだけ長く立っていてくれる。立っていてくれるものがあるうちは、人は立っていられる。
あなたの携帯電話は、まだ見つかっていないと聞いた。見つからないものの話をするのは苦手だ。見つからないものは、言葉の外にあるから。言葉の外にあるものを、どうやって手紙に書けばいいのだろう。母さんができるのは、見つからないものの居場所を空けておくことだけだ。食卓の端に、小さなスペースを残しておく。鍵のかごに、ひとつ分の余白を作っておく。玄関の靴箱に、もう一足入る分の隙間を空けておく。空けておけば、戻ってくる気がする。戻ってこなくても、空白は誰かの居場所になる。
今日は土曜日。町はいつもより遅く動き出す。パン屋の前に並ぶ人の列が短い。公園のブランコは朝から空いている。空いているブランコは、風が押すと勝手に動く。誰も乗っていなくても、前へ行ったり、後ろへ戻ったりする。座面の板が軋む音は、遠くまで届く。音が届くあいだは、誰かがそれを聞いている。聞いている誰かがいるあいだは、世界は少しだけ大丈夫だ。
蓮。あなたは左手で絵を描く子だった。左の指に色鉛筆の跡がついて、手の甲に青や緑の粉がついたままご飯を食べて、母さんに叱られた。右手でお箸を持ちなさいと言うと、左手で持っていたお箸を右に持ち替えて、しばらくはうまくいっても、すぐにまた左に戻った。戻るときの顔が、少し申し訳なさそうで、でもどこか誇らしげだった。「ぼくはぼくの手で食べたい」と言った。あのときの声を、母さんはまだ覚えている。
いま、この手紙をどこまで書くか、悩んでいる。書けば書くほど、あなたは紙の上で生きる。生きているあいだは、苦しくなる。苦しくなるのに、書かずにはいられない。書くことと苦しむことは、ときどき同じ意味を持つ。書き終えると、少しだけ楽になる。楽になると、少しだけ忘れる。忘れることは、裏切りだろうか。裏切りであっても、母さんは忘れる。忘れなければ、生きられないから。
ここまで書いて、インクを替える。黒から、青へ。青は、あなたの色。青で書くと、手が少しだけ温かくなる。温かくなると、涙が出る。涙で滲むと、文字の輪郭が柔らかくなる。柔らかくなると、読みやすい。読みやすいと、信じやすい。信じやすいと、危険だ。危険だと知りながら、母さんは青で書く。危険を受け入れるのが、赦しのはじまりかもしれないから。
蓮。あなたがどこかで息をしているのなら、いつか、この手紙を笑って読んでほしい。笑って、「母さん、ぜんぶ間違ってるよ」と言ってほしい。間違っていると言われたら、母さんは全部もう一度書きなおす。書きなおすたびに、あなたは紙の上で違う生き方をする。違う生き方をしたあなたを、母さんは何度でも愛す。愛すことは、順番を間違えない。どんな順番で生き直しても、母さんは最初にあなたを愛す。
まだ、終われない。けれど、いったんここで封をする。封をして、引き出しにしまう。封を切る日は、たぶん、わたしが赦せるときだ。赦す相手が誰か、まだ分からない。世界か、誰か一人か、あるいは自分自身か。分からないまま、封をする。
また書きます。土曜日の朝に。
母さんより。
(差出人:藤原志乃/宛先:息子・蓮)
蓮へ。
封をしたはずの便箋が、夜になると薄く鳴ります。紙は静かだと信じていたけれど、耳を澄ますと繊維が擦れる音がする。書いた言葉が、紙の中で体勢を変えるのでしょうか。寝返りの音。母さんは電気を消し、仏間の戸の前で膝を抱えました。声に出す代わりに、紙の音を聞いています。
真夜中の台所は、皿とガラスに月の色をのせます。冷蔵庫のモーターが止まり、家じゅうの音が一瞬だけ消える。その短い無音のなかで、母さんはようやく一つのことに気づきました。あなたの「左」。
——左手で色を塗るとき、袖口の内側に必ず色がつきました。制服の袖の赤い糸は、左側より右側の方がすこし毛羽立つ。利き手ではないほうの袖が、机の角に触れて糸がほつれるからです。
事故のあと、学校から返された上着の袖口。毛羽立っていたのは、右でしたか、左でしたか。受け取った瞬間、袋から出せなくて、母さんは指で透明なビニール越しに触れた。触れたのは右側だった気がします。ビニールにあたる爪の音が、静かな廊下に小さく響きました。なぜ右に触れたのかといえば、そこに赤い糸の端が出ていたから。——わたしは、あの夜、はじめて赤を疑いました。
あなたは左で描き、右で箸を持ちました。字は、どちらでも書けた。だけど、走り書きをするときのあなたは、左の手首を少し寝かせる癖があった。右で急いで書くと、文字は細く小さくなった。袋ごしの「遺書」の線は、太く、右下がり。母さんが知っている“急いだ右の字”とは、どこかが違う。違いに気づいたのは、その夜が初めてでした。気づかなかったふりをしたのも、その夜が最初でした。
母さんは、あなたの携帯が見つからないと聞かされてから、毎晩、充電器のコードをほどきます。差す相手のいない口を、ただ整える。整えて、ほどく。ほどいて、また整える。意味のない家事は、祈りの形をしている。祈りはだれにも届かない代わりに、こちら側を保たせてくれる。
昨夜、引き出しの底から古いアルバムが出てきました。幼稚園の運動会。折り紙の王冠を被って、左の手で旗を振るあなた。画鋲の錆の跡がページに点々と残っている。写真の隅に書かれた日付の数字は、母さんの字です。あの字は、今の母さんのものより丸い。人の字は、時間で角が取れるのですね。角が取れた字は、嘘をつくのが上手になる。優しい嘘です。そうやって、大人は生き延びます。
朝方、門柱の花に水をやったとき、封を切られた白い封筒が足元に落ちていました。裏の糊が甘く、口が勝手に開いたのかもしれない。拾い上げると、中に青い罫線の紙が一枚。インクは黒、筆圧は強く、右下がりの線。「押してない」と三度繰り返し、最後の行は紙の端で途切れていました。指でなぞると、インクの盛り上がりが指腹に引っかかる。——この字は、あなたのものではない。母さんは、そこでやっとはっきり言葉にしました。心の中でだけ。
「押してない」と繰り返す声は、祈りに似ています。けれど、祈りはだれかへ向かうもの。あの紙の声は、自分の内側で輪になっていた。輪の中では、言葉は外に出られない。出られない言葉は、紙の中で硬くなる。硬くなった言葉は、重くなり、読む者の指を沈ませる。母さんは、その重さに指を沈めながら、封筒をそっと戻しました。戻すことは、赦しの練習です。赦す相手が誰か、まだ分からないまま。
お父さんが、朝食の途中で「仕事へ行ってくる」と言いました。仕事へ行く人の声は、夜の声を引きずります。コップの水面に、声の波が小さく立ちました。玄関のドアが閉まった音を聞いてから、母さんは仏間に戻りました。あなたの写真の前に座り、透明な袋を取りました。封を切ります。はさみの刃がビニールを走るとき、薄い悲鳴のような音がします。袋から紙を出すと、インクの匂いはしませんでした。匂いは、時間の方へ流れていくからです。
紙の上の文字を目で追いながら、母さんは読みませんでした。読むことは、理解すること。理解は、形を与えること。まだ、形にしたくなかった。だから、ただ目でなぞり、指で縁を撫で、紙の重さを掌で量った。右の線は、やはり太い。筆圧の強さに、迷いがない。迷いのない文字は、美しい。美しさは、怖い。
昼過ぎ、向かいのマンションのベランダに、女の子が出てきました。洗濯ばさみを弄びながら、空を見ている。彼女がこちらを見ているのか、見ていないのか、母さんには分からない。分からない視線は、風になる。風は、門柱の花を揺らし、仏間の線香の煙を押し、紙端の埃を運びます。風のことを嫌いになりたくありません。風があったから、夏は乾き、冬は凍らず、春は匂った。あなたが小さかったころ、ベランダで風を両手で掬う真似をして見せたね。「持てた」と言って笑った。風は持てないのに、あなたは笑った。
夕方、台所の壁の絵の前に立ちました。碧の海に浮かぶ船。母さんは自分の指で、波の線を空へなぞった。波は、どこにも行かず、ただその場で上下しているだけだと、今は分かります。行き先を持たない運動を、人は揺れと呼ぶ。揺れは、泣き声に似ている。泣き声を止めるには、抱きしめるしかない。抱きしめる相手がいないとき、人は紙を抱きしめます。母さんは、この便箋を胸に当てました。紙は冷たい。冷たいものを抱いていると、身体が自分で温かくなろうとする。温かくなろうとする生き物は、まだ生きています。
蓮。母さんは、赦す準備をしています。誰を、と問われると、まだ答えられません。世界か、誰か一人か、あるいは自分自身か。答えを決める前に、母さんは順番を戻したい。名を、指に戻したい。右と左を、あなたの体に戻したい。戻すことは難しい。紙は一度書くと、消しても跡が残る。跡を指の腹でなぞって、薄くなるのを待つ。待つことは、赦しの一部です。
夜、仏間の灯りを落とす前に、母さんはもう一度だけ、袋から出した紙を読みました。読むというより、受け取る、に近い。文字の形よりも、紙の重さの方が、胸に落ちました。胸に落ちた重さは、涙の形を借りて、ゆっくりと外へ出ていきました。涙は役に立たない。けれど、涙がないと、赦しは硬くなってしまう。硬い赦しは、いつか刃になります。刃にしないために、母さんは泣きました。
封をします。今度は、あなた宛てではなく、わたし宛てに。宛名の欄に自分の名前を書くと、便箋は少し軽くなりました。自分に向けられた言葉は、他人に向けた言葉よりも、やわらかく沈みます。封をして、引き出しにしまい、鍵を回します。鍵の音は、わたしたちの家の音です。鍵がかかるたびに、夜が少しだけ遠のく。
明日は日曜日。朝になったら、もう一度だけ門柱の花に水をやり、あなたの写真に新しい線香を立てます。煙がまっすぐ上にのぼる日と、途中で折れる日がある。折れるとき、風がある。風があるなら、空はきっと、やわらかい。あなたが言ったように。
おやすみ、蓮。母さんは眠ります。眠れなくても、目を閉じます。目を閉じるのは、眠る練習。練習を続ければ、いつか本当に眠れる。眠れたら、きっと、赦せる。
土曜日の夜に。
母さんより。




