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手紙からはじまる物語 ― 見えない糸でつながる心たち ―  作者: 草花みおん
言葉の残る場所

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ポストの底の手紙

祖母が亡くなって、一年が経った。


実家の片付けを、ようやく始めた。

一人娘だった母も、もう高齢で。


「あなたがやってくれる?」と頼まれた。


懐かしい家。

子供の頃、夏休みはいつもここで過ごした。

おばあちゃんの笑顔。優しい声。温かい手。

全部、ここにある。


玄関のポストを外す作業をしていた時。

古いポストは錆びていて、なかなか外れなかった。

やっと外れて、中を確認すると。


底に、何かが引っかかっていた。


これ、手紙?

こんなところに。


黄ばんだ封筒。

宛名は、私の名前。

差出人は、祖母の名前。


え?

おばあちゃんから?

でも、投函されてない。

ポストの底に、ずっと。


震える手で、封を開けた。


愛する孫へ。

この手紙を書いているのは、あなたが大学に入学する春です。


大学入学?

それって、十年前だ。


あなたは今日、東京へ旅立ちました。

新しい生活、新しい出会い、新しい夢。

キラキラした目で「行ってきます」って言ったあなた。

ばあちゃんは、嬉しくて、寂しくて。


本当は、駅まで見送りに行きたかった。

でも、足が悪くて行けなかった。

だから、玄関で「頑張ってね」って言うのが精一杯でした。


ああ、覚えてる。

あの日のおばあちゃん。

笑ってたけど、目が潤んでた。


あなたが帰ったあと、一人になって。

急に寂しくなって、この手紙を書きました。


あのね、伝えたいことがあるの。


あなたが小さい頃。

夏休みに、いつもここに来てくれたね。

セミ取りに行ったり、川で遊んだり、夜は花火をしたり。


ばあちゃんね、あの時間が一番幸せだったの。

あなたの笑顔を見るたびに、生きててよかったって思った。

孫って、こんなに可愛いものなんだって、毎日思ってた。


涙が、溢れてきた。


でもね、年を取ると、言いたいことが言えなくなるの。

恥ずかしくて。照れくさくて。

「大好きだよ」なんて、面と向かって言えなくて。


だから、手紙に書こうと思ったの。


あなたは、ばあちゃんの誇りです。

優しくて、頑張り屋で、素直で。

こんな素敵な孫を持てて、ばあちゃんは幸せ者です。


これから、東京でたくさんのことがあると思う。

楽しいことも、辛いことも。

うまくいく日も、うまくいかない日も。


でも、大丈夫。

あなたなら、きっと大丈夫。

ばあちゃんは、いつも応援してるからね。


声を出して、泣いた。

おばあちゃん。


時々は、帰っておいで。

ばあちゃん、待ってるから。

お饅頭、買っとくからね。あなたの好きな、あんこのやつ。


あ、そうだ。

この手紙、ポストに入れて送ろうと思ったんだけど。

でも、やっぱり恥ずかしくて。

明日出そう、明日出そうって思ってるうちに。

きっと、出しそびれちゃうんだろうな。


ばあちゃんは、いつもこうなの。

大事なこと、言いそびれちゃう。

ごめんね。


でもね、いつか。

いつか、この気持ちが届くといいな。


大好きだよ。

ずっと、ずっと、大好きだよ。


ばあちゃんより。


P.S.

体に気をつけてね。

ちゃんとご飯、食べるんだよ。

風邪ひかないように、暖かくして寝るんだよ。

ばあちゃんは、いつもあなたのこと、心配してるからね。


手紙を、胸に抱きしめた。


おばあちゃん。

届いたよ。

十年遅れたけど、ちゃんと届いたよ。


あの日から、私は何度帰ってきただろう。

年に数回。

それも、数時間だけ。

「忙しいから」って、すぐに東京に戻った。


もっと、帰ってくればよかった。

もっと、一緒に時間を過ごせばよかった。

もっと、「ありがとう」って言えばよかった。


最後に会ったのは、半年前。

病院のベッドで、小さくなっていたおばあちゃん。

「また来るね」って言った。

おばあちゃんは、弱々しく頷いた。


でも、次に帰ってきた時には。

もう、いなかった。


ごめんね、おばあちゃん。

間に合わなくて。

最後に、「大好きだよ」って言いたかった。


でも、おばあちゃんは知ってたんだ。

私が忙しいこと。

なかなか帰れないこと。

それでも、応援してくれてたんだ。


もう一度、手紙を読んだ。

今度は、声に出して。


「大好きだよ。ずっと、ずっと、大好きだよ」


私も。

私も、おばあちゃんが大好きだよ。

ずっと、ずっと。


ペンを取って、返事を書いた。


愛するおばあちゃんへ。

手紙、届いたよ。十年遅れで、ポストの底から。


ごめんね。もっと帰ってくればよかった。

もっと一緒にいればよかった。

もっと、「ありがとう」って言えばよかった。


でもね、おばあちゃん。

私、頑張ったよ。

東京で、いろんなことがあったけど、乗り越えたよ。

おばあちゃんが応援してくれてたから。

いつも、心の中にいてくれたから。


今でも、あの夏休みのこと、覚えてるよ。

セミ取りに行った日。川で遊んだ日。花火をした夜。

全部、全部、私の宝物。


おばあちゃんの作ってくれた、あんこのお饅頭。

あれ、本当に美味しかったな。

もう一度、食べたかったな。


大好きだよ、おばあちゃん。

ずっと、ずっと、大好きだよ。

教えてくれて、ありがとう。

優しさを。温かさを。愛を。


今度は、私が誰かに伝えていくね。

おばあちゃんがくれたものを。

それが、一番の恩返しだと思うから。


天国で、安らかに。

いつか、また会おうね。


あなたの孫より。


手紙を、仏壇の前に置いた。


おばあちゃん。

ありがとう。

最後に、こんなプレゼントをくれて。


ポストの底に眠っていた、小さな手紙。

十年の時を超えて、ようやく届いた想い。


遅すぎることなんて、ない。

愛は、時を超えて、必ず届くから。


春の風が、窓から入ってきた。

どこか、おばあちゃんの匂いがした気がした。



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