白いハンカチ
〔手紙〕
> 泣くなら胸を張って。
――お母さんより
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朝の光が、うっすらと白い。
窓の外には薄い雲がかかっていて、
空の青さが少しだけ柔らかく見えた。
冷たい風がカーテンを揺らし、
そのたびに光が部屋の壁を淡く染めた。
制服の上着をハンガーから外す。
袖を通すと、
布のひんやりとした感触が肌に触れた。
鏡の前でネクタイを結ぶ。
指先が少し震えた。
結び目がなかなか整わなくて、
何度もやり直した。
テーブルの上に、
白いハンカチが一枚置かれていた。
きちんと四つに折り畳まれて、
その角がまるで折り紙のように揃っている。
その上に、小さな付箋が貼ってあった。
> 泣くなら胸を張って。
思わず笑った。
やっぱり母らしい。
「泣くな」じゃなく、「泣くなら胸を張って」。
その言葉の柔らかさに、
心の奥が少しあたたかくなった。
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ポケットに入れようとしたとき、
ハンカチの端にアイロンの香りが残っていることに気づいた。
ほのかに甘い柔軟剤の匂い。
母がよく使っていたものだ。
指で布をなぞると、
織り目の細かさが指先に伝わる。
糸の感触が、
まるで母の手のぬくもりをそのまま残しているようだった。
あの人は、いつもこうやって丁寧に畳んでいた。
アイロンの蒸気に包まれながら、
布を一枚ずつ撫でるように。
その背中を、私は何度も見てきた。
> 「しわが残ると、気持ちまで雑になるのよ」
そう言って笑っていた。
でも、それはたぶん、ハンカチの話だけじゃなかった。
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外に出ると、
風がまだ冷たかった。
空気が澄んでいて、
遠くの山の稜線がくっきりと見えた。
足元のアスファルトは、
昨夜の雨でまだ少し湿っている。
靴底から、かすかな音が響いた。
通学路を歩くたびに、
あの手で畳まれたハンカチが
ポケットの中で小さく動いた。
歩くたび、心臓の鼓動といっしょに揺れる。
それだけで、
見えない誰かに支えられている気がした。
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体育館の中は、
木の床がほのかに温かく、
壇上の紅白の幕が揺れていた。
ざわめきの中に、誰かの笑い声と嗚咽が混ざる。
照明の光が少し眩しかった。
名前を呼ばれ、
一歩ずつ壇上に上がる。
手に渡された証書の紙が少し湿っていた。
自分の汗なのか、涙なのかはわからない。
一礼して顔を上げると、
視界の端がぼやけていく。
ポケットに手を入れる。
白い布の感触が、指先にやさしく触れた。
その瞬間、心が静かになった。
ハンカチを取り出すと、
中から小さな紙片が折り込まれていた。
知らないうちに、
母がもう一言添えていたらしい。
> 「泣くのは弱いことじゃないのよ。
誰かを大切に思える証拠だから。」
その字は、
少しだけ力が抜けたように見えた。
母が夜のうちに書いたのだろう。
眠気の中のやさしい文字だった。
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式が終わり、
校門を出ると風が少し強くなった。
空は雲の合間から光をこぼしていて、
制服の肩にその明るさが落ちた。
ポケットからハンカチを取り出す。
光に透かすと、
布の織り目が淡い影を作った。
その向こうに、
母の笑顔があるような気がした。
「泣くなら胸を張って。」
その言葉を、
今度は声に出してみた。
白いハンカチが風を受けて、
小さく揺れた。
その揺れが、
どこかで手を振るように見えた。




