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手紙からはじまる物語 ― 見えない糸でつながる心たち ―  作者: 草花みおん
言葉の残る場所

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届かなかった返信

古本屋で、それは見つかった。


文庫本の間に、一通の手紙。 黄ばんだ封筒。消印はない。 宛名は、女性の名前。 差出人は、空欄だった。


誰かが、出し忘れた手紙だろうか。 それとも、出せなかった手紙だろうか。


僕は、開けてしまった。 他人の手紙だとわかっていたけど、どうしても気になって。


美咲へ


この手紙を書くのに、何日かかっただろう。 何度も書いては破り、書いては破り。 でも、もう伝えなきゃいけない。


丁寧な字。少し震えている。 この人は、どんな気持ちで書いたんだろう。


君に出会ったのは、あの春の日だった。 図書館で、同じ本に手を伸ばして。 君が笑った瞬間、僕の世界が変わった。


それから毎日、君のことを考えた。 君の笑顔、君の声、君のすべてが愛おしかった。 でも、言えなかった。 僕には、君に釣り合う自信がなかった。


ああ、これは。 出せなかったラブレターなんだ。


今日、君が彼氏ができたって聞いた。 友達から、嬉しそうに話してたって。 良かったね。本当に。


君が幸せなら、それでいい。 僕の気持ちなんて、伝える必要ないんだ。 だから、この手紙も、出さない。 でも、書かずにはいられなかった。


ありがとう、美咲。 君と過ごした時間は、僕の宝物です。 幸せになってください。


君を愛していた人より


手紙を持つ手が、震えた。


この人、伝えられなかったんだ。 大切な気持ちを、最後まで。 そして、この手紙も出さずに終わったんだ。


僕の胸に、何かが刺さった。 僕にも、いた。 伝えられなかった人が。


高校の時の、同級生。 優しくて、笑顔が素敵で、一緒にいると心が温かくなった。 でも、告白できなかった。 「どうせ断られる」 「友達のままでいい」 そう自分に言い聞かせて、卒業した。


今、彼女はどこで何をしてるんだろう。 幸せにしてるんだろうか。 僕のこと、覚えてるんだろうか。


この手紙を書いた人も、きっと。 ずっと後悔してるんだろうな。 「あの時、伝えればよかった」って。 「勇気を出せばよかった」って。


僕と、同じように。


その夜、僕は決めた。 この手紙の持ち主を探そう。 そして、可能なら届けよう。 遅すぎるかもしれない。 でも、何もしないよりはいい。


古本屋に戻って、店主に聞いた。 「この本、誰が売りに来たか覚えてますか?」 店主は首を振った。 「何年も前の本だからねえ。覚えてないよ」


そうだよな。 そんな簡単にいくわけない。


でも、諦めきれなかった。 手紙の中に、ヒントはないか。 何度も読み返した。


「図書館で出会った」 「春の日」 「同じ本に手を伸ばして」


待って。図書館なら、貸出記録が残ってるかもしれない。 それに、美咲っていう名前。 もしかしたら。


僕は、地元の図書館を訪ねた。 何軒も、何軒も。 古い記録を調べさせてもらった。


そして、見つけた。 十年前の貸出記録。 「山田美咲」という名前。 住所も載っていた。


これだ。きっと、この人だ。


手紙を持って、その住所を訪ねた。 古いアパート。 でも、表札は違う名前だった。


「山田さんなら、五年前に引っ越されましたよ」 大家さんが教えてくれた。 「確か、結婚されて」


結婚、か。 やっぱり、遅すぎたんだ。


でも、もう一歩。 僕は、婚姻届の記録を辿った。 そして、新しい住所を見つけた。


ドアベルを押す時、心臓が破裂しそうだった。 ドアが開いた。 三十代くらいの女性。優しそうな顔。


「あの、山田美咲さん…ですか?」 「はい、今は佐藤ですけど」 彼女は不思議そうに僕を見た。


「これを、お渡ししたくて」 僕は、手紙を差し出した。


彼女は封筒を見て、固まった。 「これ…どこで?」 「古本屋で。多分、誰かが間違えて売ってしまったんだと思います」


彼女は震える手で、手紙を開いた。 読みながら、涙が溢れていった。


「信じられない…」 彼女は何度も呟いた。 「この人、誰だかわかるんですか?」


彼女は頷いた。 「わかります。図書館で会った人。優しくて、いつも本を貸してくれた人」 「でも、ある日突然、来なくなって」 「それっきり、会えなくて」


「ずっと、気になってたんです」 「どうしてるのかなって」 「もう一度、会いたいなって」


この人も、伝えられなかったんだ。 お互いに、想い合っていたのに。


「あの…」 僕は聞いた。 「もし、この手紙を書いた人を見つけたら、会いたいですか?」


彼女は少し考えて、首を振った。 「いえ。今の私には、大切な家族がいます」 「あの頃のことは、美しい思い出として、心にしまっておきます」


「でも、伝えてください」 「ありがとうって」 「あの時間は、私にとっても宝物だったって」 「幸せだったって」


その言葉を聞いて、僕は泣きそうになった。


そうか。 伝えられなくても、想いは届いてたんだ。 お互いに、大切に思ってたんだ。


家に帰って、僕は手紙を書いた。 高校の時の、あの子へ。


今さらかもしれない。 でも、伝えたい。 君のことが好きだったって。 一緒にいる時間が、幸せだったって。 今の君が幸せなら、それでいいって。


でも、もし。 もし、まだ僕のことを少しでも覚えてくれてるなら。 もう一度、会えたら嬉しいです。


手紙を、ポストに入れた。 届くかわからない。 返事が来るかもわからない。 でも、それでもいい。


伝えることが、大切なんだ。 出さなかった手紙の持ち主も、きっとそう思ってたはずだ。


一週間後、返事が来た。


覚えてるよ。 私も、あなたのことが好きだった。 今度、会いませんか?


手が震えた。涙が溢れた。


間に合った。 まだ、遅くなかった。


届かなかった手紙が、僕を動かしてくれた。 誰かの後悔が、僕の勇気になった。 そして今、新しい物語が始まろうとしている。


ありがとう、名も知らぬあなた。 あなたの手紙が、僕を救ってくれた。 今度は、僕が想いを届ける番です。


遅すぎることなんて、ない。 大切なのは、伝えること。 一歩踏み出すこと。


手紙は、時を超えて人を繋ぐ。 想いは、形を変えて誰かを救う。 そして人生は、まだ続いていく。



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