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手紙からはじまる物語 ― 見えない糸でつながる心たち ―  作者: 草花みおん
言葉の残る場所

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未来のわたしへ

引っ越しの荷物を整理していた時、それは出てきた。


実家の押し入れの奥、古い段ボール箱の中。


小さな封筒。


宛名は「三十歳の私へ」。


これ、私が書いたんだ。

二十歳の時の、私が。

十年前の、私が。


手が震えた。

開けるのが、怖かった。


あの頃の私は、何を考えていたんだろう。

何を夢見ていたんだろう。

何を、未来の自分に託したんだろう。


今の私は、あの頃の私が想像した「未来」になれてるのかな。


深呼吸をして、封を開けた。


未来の私へ。

今、三十歳になったあなたは、どんな人になってますか?


ああ、この字。

丸っこくて、少し子供っぽい。

でも確かに、私の字だ。


私は今、二十歳です。大学二年生です。

夢がたくさんあります。やりたいことがたくさんあります。


だから、十年後のあなたに聞きたいんです。


夢、叶えましたか?

世界中を旅して、たくさんの人と出会いましたか?

好きな仕事をして、輝いていますか?

大切な人と、幸せに暮らしていますか?

毎日笑って、充実した日々を送っていますか?


ごめん。

ごめんね、二十歳の私。

全部は、叶えられなかった。


私は、きっとこう信じてます。

十年後の私は、すごい人になってるって。

自信に満ちて、キラキラしてるって。

「あの時頑張ってよかった」って思える日々を送ってるって。


涙が、ポロポロ落ちた。

手紙が、滲んでいく。


もし、そうなってなかったら。

もし、疲れてたら。

もし、夢を諦めてたら。

もし、後悔してたら。


それでもいいんです。

大事なのは、あなたが生きてるってこと。

三十歳まで、ちゃんと生きてくれたってこと。


え? そんな、優しいこと言うんだ。

二十歳の私、そんなに大人だったっけ。


人生は、思い通りにいかないこともあるって、わかってます。

挫折も、失敗も、きっとあったと思います。


でもね。

それも全部含めて、あなたの人生です。

どんなあなたでも、私は誇りに思います。


だって、あなたは私なんだから。

十年間、生きてくれたんだから。


声を出して、泣いた。

十年間の、いろんなことが溢れてきた。


夢破れて、就職活動に苦しんだこと。

恋人に振られて、一人で泣いた夜。

仕事で失敗して、自信をなくしたこと。

友達が次々と結婚していく中、取り残された気持ち。


毎日が、キラキラなんてしてなかった。

疲れて、諦めて、後悔して。

そんな日々だった。


ごめんね。

二十歳の私が想像した未来には、なれなかった。


でもね、手紙は続いていた。


最後に、お願いがあります。


自分を責めないでください。

「あの時こうしてれば」って、後悔ばかりしないでください。

あなたは、あなたなりに、頑張ってきたんです。


そして、これからも。

どんな道を選んでも、大丈夫。

私は、未来のあなたを信じてます。

四十歳のあなたも、五十歳のあなたも、きっと素敵です。


だから、もう一度。

前を向いて、歩いてください。

遅すぎることなんて、ないんだから。


P.S.

コーヒー、好きですか? 私は今、ハマってます。

小さな幸せを、大切にしてくださいね。


二十歳の私より。

未来を信じている私より。


手紙を、胸に抱きしめた。


ありがとう。

二十歳の私。

あなたは、私が思ってたより、ずっと優しかった。

ずっと強かった。

未来の私を、信じてくれてた。


そうだ。私、生きてきたんだ。


十年間、いろんなことがあった。

思い通りにならないことばかりだった。

でも、生きてきた。


諦めずに、立ち上がって、また歩いてきた。


それって、すごいことじゃないか。

二十歳の私が誇りに思うって言ってくれた。

なら、私も自分を誇りに思っていいんじゃないか。


机に向かって、ペンを取った。

返事を書こう。

十年前の自分に。


二十歳の私へ。

手紙、ありがとう。十年越しで届いたよ。


正直に言うね。

あなたが想像した未来には、なれなかった。

世界中を旅することもできなかったし、

キラキラ輝いてるわけでもない。

でもね。


私は、生きてる。

三十歳になった今も、ちゃんと生きてる。

それだけで、十分なんだって、あなたの手紙で気づいたよ。


あのね、コーヒー、今も好きだよ。

それどころか、おいしく淹れられるようになったんだ。

毎朝淹れてる。その時間が、私の小さな幸せなんだ。


豆を選ぶところから楽しんでる。

中深煎りの、香りと甘味のバランスがいいやつ。

鮮度にこだわって、焙煎から二週間以内のを探すの。

挽き方は中細挽き。ザラメ砂糖くらいの粒。

お湯は九十二〜九十四度。沸騰したら少し待つ。

蒸らしの時、粉がふっくら膨らむのを見るのが好き。

新鮮な証拠だって。

円を描くように、ゆっくり注いで。

最後の一滴は雑味が出るから、少し残して外す。


こんな小さなことだけど、丁寧に淹れる時間が好きなんだ。

香りが立ち上る瞬間、温かいカップを両手で包む感じ。

最初の一口を少し冷まして、甘味を感じる時。

それが、私の幸せ。


小さな幸せを大切にしろって、教えてくれてありがとう。

あなたのおかげで、毎日が少し豊かになったよ。


これからは、もっと自分に優しくするよ。

後悔ばかりするのは、やめる。

前を向いて、また歩いていく。

遅すぎることなんて、ないんだよね。


あなたが信じてくれた未来を、私はこれから作っていく。

四十歳の私も、五十歳の私も、きっと素敵だって、今なら思える。

だって、あなたがそう言ってくれたから。


ありがとう。

十年前の私。

あなたに、救われたよ。


三十歳の私より。

これから頑張る私より。


手紙を書き終えて、窓の外を見た。

夕日が、綺麗だった。


明日から、また頑張ろう。

二十歳の私が信じてくれた未来を、作っていこう。

遅すぎることなんて、ない。

今から、ここから。


過去の自分が、未来の自分を救ってくれた。

そして今、私は次の未来へ歩き出す。

手紙を胸に、一歩ずつ。


人生は、まだ続いていく。

そして、それは美しい。



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