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手紙からはじまる物語 ― 見えない糸でつながる心たち ―  作者: 草花みおん
言葉の残る場所

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速達に願いを込めて

手紙というものは、届くことよりも「出す」ことで救われることがある。

相手が生きているかどうかもわからない。

それでも、心の中で言えなかった言葉を紙に託す。

そんな一通が、時を越えて奇跡のように返ってきたら――。


この物語は、「想いが届く速さ」を信じたふたりの話です。

どこにでもある別れのあとに、どこにもない“速達”が届く夜。

たった一通の封筒が、過去と現在をつなぎ直す瞬間を描きました。

夕方。郵便局。


思ったより、人が多かった。


閉店間際の窓口に、滑り込む。


制服の職員が、声をかけてきた。


「速達ですね」


「はい。今日中に、届きますか」


「地域によりますが。たぶん、明日の午前には」


彼女はそう答える。手紙の宛先を確認した。


筆跡を見て、眉がわずかに上がる。


その仕草が、気になった。けれど、何も言わない。


料金を支払う。


赤い速達の印が、押されるのを見届ける。


局を出た。


手紙の宛先は、三年前の婚約者だった。


あの日。去った部屋に残されていたのは、コーヒーカップ。


「ごめんなさい」という、一枚のメモ。


連絡はつかなかった。


時が過ぎた。区切りをつけた、つもりだった。


届かないままの言葉が、胸に残っていた。


謝りたかった。ありがとうを伝えたかった。


ただ、それだけの手紙だった。


帰り道。空は低かった。


冬の匂いが、する。


街灯の下。封筒の写しを見つめた。


宛名の下。小さな文字で「速達」。


その二文字に、未練が詰まっている気がした。


笑った。


次の日。


出勤途中。ポケットの中で、スマートフォンが震えた。


知らない番号。嫌な予感。


出ると、静かな女性の声が聞こえる。


「郵便局の者ですが。昨日のお手紙の件で……」


「何か、問題でも」


「はい。お伝えしにくいのですが」


「宛先の方が、先月亡くなられていたそうです」


頭が、真っ白になった。


息が、止まる。


聞き間違いかと、思った。電話口は、静かだった。


「……そうですか」


「ご返送いたします。ご希望があれば、お焚き上げも承れます」


「……お願いします」


口から出た言葉は、それだけ。


信号が青に変わる。足は、動かない。


通りすぎる人の声が、遠い。


世界が、音をなくしたようだった。


その夜。


帰宅する。玄関の前に、封筒が落ちていた。


赤い速達の印。雨に、にじんでいる。


差出人。見覚えのある、文字。


宛名。


『私へ《あなたへ》』


心臓が、跳ねる。手が、震えていた。


信じられない。消印を見る。昨日の日付。


ありえない。差出人の住所は、彼女が昔住んでいたアパートのものだった。


封を切る。淡い、紙の匂い。


中の便箋には、見慣れた文字が、こう書かれていた。


あなたがこの手紙を出す日。


私は、もうこの世にいないでしょう。


でも、どうしても伝えたかった。


あなたが私にくれた日々は、悲しみよりも。


ずっと、あたたかい記憶でした。


あなたが笑ってくれた朝を、私は何度も思い出します。


だからどうか、自分を責めないでください。


私はちゃんと、幸せでした。


文字が、涙でにじむ。


手紙は、短い。


それでも。時を越えて、届いた。


最後の一行。彼女らしい筆跡。


この速達は、あなたの心に届きますように。


私は、封筒を胸に抱きしめた。


冷たい雨が、降り始める。


けれど。その中で、確かに。


彼女のぬくもりが、残っていた。

この物語『速達』に出てくる「宛名――『私へ』」という一文は、物語の鍵となる部分です。


主人公は三年前に別れた婚約者に手紙を出しました。けれど、その相手はすでに亡くなっていた。

普通ならそれで終わるはずの物語の夜、主人公のもとに一通の速達が届きます。宛名は――「私へ」。


この「私へ」は、差出人である彼女が生前に書き残した“未来の彼”への手紙。

つまり、彼女は自分がもうこの世にいないことを知りながら、「あなたが私に手紙を出す日、きっと心が届く」と信じて、その日を選んで投函していたのです。


主人公が手紙を出したその日、彼女からの速達が届く。

それは偶然か、運命か。

ふたりの思いが時間を越えて交差した、その奇跡の瞬間を象徴しているのが「宛名――『私へ』」という一行です。


“私へ”とは、“あなたからの手紙に応える私自身へ”という意味。

それは彼女が最後に残した、言葉にならなかった「ありがとう」と「さよなら」、そして“生きていてくれてよかった”という祈りでもあります。


速達とは、単なる郵便の速さではなく、

**「想いが届く速さ」**のこと。

心は、死や時間を越えて届くことがある――

その希望を、この物語に込めました。

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