桜の木の下の手紙
母校から、一通のメールが届いた。
「卒業20周年記念式典のご案内」 「タイムカプセルの開封式を行います」
二十年。 もう、そんなに経つんだ。
あの日のことを、思い出した。 卒業式の後。 クラス全員で、桜の木の下にタイムカプセルを埋めた。
「二十年後の自分へ、手紙を書こう」 担任の先生が、そう言った。
十八歳の俺は、何を書いたんだっけ。 覚えてない。 でも、気になる。
式典の日。 久しぶりの母校。 桜の木は、あの頃より大きくなっていた。
変わらないな。 でも、俺は変わった。 あの頃とは、全然違う。
同窓生たちが集まっていた。 みんな、大人になっていた。 知ってる顔、知らない顔。
「久しぶり!」 「元気だった?」 「結婚したの?」 「子供は?」
みんな、それぞれの人生を歩んでるんだな。
タイムカプセルが掘り起こされた。 錆びた金属の箱。 中には、みんなの手紙が入っていた。
自分の名前を探した。 あった。
手が震えた。
十八歳の俺が、三十八歳の俺に何を言うんだろう。 怖いな。 ちゃんと、あの頃の夢を叶えられてるかな。
封を開けた。
三十八歳の俺へ 元気か? 今、どんな人生を送ってる?
丸っこい字。 確かに、俺の字だ。
俺は今、十八歳。高校を卒業したばかり。 これから大学に行って、新しい生活が始まる。 ワクワクしてる。不安もあるけど、楽しみの方が大きい。
二十年後の俺に、聞きたいことがある。
夢、叶えた? 建築家になって、人の心を動かす建物を作れた? 世界中を旅して、色んな建物を見て回れた?
ごめん。 なれなかった。
俺は今、普通のサラリーマンだ。 建築とは無関係の、営業の仕事。 毎日、数字に追われてる。
夢は、諦めた。 大学で挫折して、就活でも失敗して。 気づいたら、全然違う道を歩いてた。
それと、聞きたい。 ちゃんと、人を愛せてる? 大切な人と、一緒にいる? 幸せな家庭を、築けてる?
それも、できなかった。
三年前に離婚した。 妻は、俺の仕事ばかりの生活に疲れたって。 子供はいない。 今は、一人暮らし。
ごめんな、十八歳の俺。 お前が想像した未来には、なれなかった。
手紙は、続いていた。
もしさ、夢が叶わなくても。 もし、思い通りにいかなくても。 それでも、いいと思うんだ。
え?
人生って、きっと予想外のことばかりだろ。 うまくいく時も、いかない時も。 でも、それが人生なんだよな。
大事なのは、今を一生懸命生きてるかってこと。 後悔してないかってこと。 自分らしく、生きてるかってこと。
十八歳のくせに、偉そうなこと言うな。 でも…
俺、思うんだ。 二十年後の俺は、きっといろんなことを経験してる。 嬉しいことも、辛いことも、全部含めて。 それが、俺の人生なんだよな。
だから、どんな三十八歳になってても。 俺は、そんな自分を誇りに思うよ。 ここまで生きてきたんだから。
泣きそうになった。
最後に、お願いがある。
これから先も、頑張ってくれ。 五十八歳、七十八歳、それ以上も。 人生は続いていく。
まだ遅くない。 まだやり直せる。 まだ、夢を追いかけられる。
十八歳の俺が言うのも変だけど。 応援してるから。 未来の俺を、信じてるから。
一緒に、頑張ろうぜ。
十八歳の俺より
涙が、ポロポロ落ちた。
ありがとう。 十八歳の俺。 お前、俺が思ってたより、ずっと優しかったんだな。
周りを見ると、みんな泣いていた。 それぞれの手紙を読んで、それぞれの想いを抱えて。
隣にいた同級生が、声をかけてきた。
「どうだった?」 「…思ってたより、優しかった」 「俺も」
二人で、笑った。
「なあ、夢叶えた?」 「いや、全然」 「俺も」
「でもさ」 「まだ、遅くないよな」 「そうだな」
式典が終わって、桜の木の下で写真を撮った。 二十年前と同じ場所で。
あの頃とは、全然違う顔してる。 でも、それでいい。 これが、俺の人生なんだから。
家に帰って、ペンを取った。 返事を書こう。 十八歳の自分に。
十八歳の俺へ 手紙、ありがとう。二十年越しで読んだよ。
正直に言う。 お前が思い描いた未来には、なれなかった。 建築家にもなれなかった。幸せな家庭も築けなかった。
でもな。 お前の手紙を読んで、救われたんだ。 「どんな三十八歳になってても、誇りに思う」って言ってくれて。
そうだよな。 俺、ここまで生きてきたんだよな。 いろんなことがあった。失敗もした。挫折もした。 でも、諦めずに生きてきた。
そして、お前が言ってくれた。 「まだ遅くない」って。 「まだやり直せる」って。
そうだな。 三十八歳なんて、まだまだ若い。 これから、また夢を追いかけてもいいんだよな。
実はさ、最近また建築の勉強を始めたんだ。 週末に、夜間の専門学校に通ってる。 遅いスタートかもしれないけど。 でも、楽しいんだ。
十八歳の俺が、背中を押してくれた気がする。 「一緒に頑張ろうぜ」って。
ありがとう。 お前のおかげで、また前を向けたよ。
これから、五十八歳、七十八歳と続いていく人生。 お前が信じてくれた未来を、俺が作っていくよ。
一緒に、頑張ろうぜ。
三十八歳の俺より
手紙を、机の引き出しにしまった。 十八歳の手紙と一緒に。
次は、五十八歳の俺が読むんだな。 その時、どんな人生になってるかな。
窓の外を見ると、桜が咲いていた。
春だ。 新しい始まりだ。 まだ、遅くない。
桜の木の下に埋められた、タイムカプセル。 そこには、過去からの希望が詰まっていた。
若い自分が、未来の自分を信じてくれていた。 だから、今度は。 その信頼に応えて、前に進む番だ。
人生は、何度でもやり直せる。 夢は、何歳からでも追いかけられる。 遅すぎることなんて、ない。
桜は、毎年咲く。 そして、人生も。 何度でも、新しい春を迎えられる。




