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手紙からはじまる物語 ― 見えない糸でつながる心たち ―  作者: 草花みおん
自己共感編

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もうひとりのわたしへ

親愛なるわたしへ。


この手紙を、いったい何度書いてきたんだろう。

夜ごとに言葉を探して、

時には自分を責め、

時には赦し、

何度も同じ場所に戻ってきた。


ふと気づくと、

手紙を書いている「わたし」と、

読んでいる「わたし」は、

もう別の人間のように思える。


あの日の私が泣きながら綴った言葉を、

今日の私が静かに読んでいる。

それはまるで、

時間の向こうで誰かに救われているような感覚。


もしかしたら、

私がずっと探していた“もうひとりのわたし”とは、

この手紙の向こうにいた存在なのかもしれません。


「変わったね」と人に言われるたびに、

どこか照れくさくなります。

変わったというより、

“戻った”のかもしれない。


子どものころの私は、

自分のことをよくしゃべる子だった。

でも大人になるにつれて、

我慢を覚え、空気を読んで、

「自分らしさ」を奥にしまい込むようになった。


いつの間にか、

“いい人”という仮面をかぶって、

心の奥の声が聞こえなくなっていた。


けれど、この手紙たちを通して、

私はもう一度あの頃の私と出会った気がします。

泣き虫で、夢見がちで、

失敗してもすぐに笑っていたあの子。

「もういいんだよ」と言ってあげたかったのに、

ずっと背を向けて生きていた。


今なら、ちゃんと目を合わせて言える。


「ごめんね、ずっと置いてきぼりにして。」

「そして、待っていてくれてありがとう。」


この手紙は、

過去と未来をつなぐ“橋”のようなものです。

過去の私が残した痛みと、

未来の私が抱く希望のあいだに、

いまの私が立っている。


その真ん中で、

ようやく“どちらの私も”肯定できるようになった。

親愛なる、もうひとりのわたしへ。


もし、あなたがまだどこかで泣いているなら、

どうかその涙を隠さないでほしい。

もう我慢しなくてもいい。

泣くことは弱さじゃなく、

「ここに痛みがあった」と伝える小さな灯なんだ。


私がそれを理解するまでに、

ずいぶん時間がかかりました。


昔の私は、いつも我慢していました。

周りに迷惑をかけたくなくて、

笑顔を貼りつけていた。

本当はつらいのに、

「大丈夫」と言うたびに心が擦れていく。


夜になると、

誰もいない部屋で天井を見つめながら、

「どうして私は、ちゃんと笑えないんだろう」

そうつぶやいた日が何度もありました。


あの頃の私は、

まるで誰かに許されるのを待っていた。

自分の涙を自分で認めることが怖かったんです。


でもね。

ある夜、静かな風の中で思ったんです。

「もし“誰か”が私を抱きしめてくれるのを待っているなら、

 その“誰か”は、私自身であってもいいんじゃないか」って。


あの瞬間、

胸の奥でカチリと何かが外れる音がした気がしました。


私は初めて、

自分に「かわいそうだったね」と言ってあげた。

涙が一筋、頬を伝って落ちた。

でもそれは悲しみの涙じゃなく、

ようやく自分に触れられた安堵の涙でした。


翌朝、鏡を見たら、

少しだけ違う顔をしていました。

化粧も髪も変わっていないのに、

表情の奥に“やわらかさ”があった。


多分、心の中の誰かをようやく抱きしめられたから。

その誰かとは――

過去の私です。


過去の私は、ずっと待っていた。

大人になった私が、

「あなたは間違っていなかった」と言ってくれるのを。


失敗しても、

泣いても、

逃げてもよかったのに。

私はそれを“弱さ”と呼んでいた。


でも本当は違った。

あのとき逃げたからこそ、

今ここで生きていられる。

あの涙があったからこそ、

私は他人の痛みに気づけるようになった。


だから私は今、

手紙という形で、

“あの子”に語りかけている。


もし今、あの頃の私に会えたら、

私はこう言うと思う。


「泣いてよかったよ。」

「あのときの涙が、いまの私を作ってくれた。」


きっと、あの子は少し驚いた顔をするだろう。

でもすぐに、あのころの笑顔を取り戻すはずだ。

そうして私の胸の中に戻ってくる。


夕暮れの帰り道、

私はひとりで歩きながら、

空の色を見上げた。

オレンジと藍のあいだに、

かすかなピンクが混ざっていた。


あの色を見て思った。

人の心も、あの空と同じだ。

光と影が混ざって、

ひとつの優しいグラデーションになっている。


どちらかを否定しなくてもいい。

どちらも私だから。


「もうひとりのわたし」は、

過去に置き去りにした自分じゃない。

いまも、ちゃんとこの胸の奥で生きている。

泣くことも、笑うことも、

その人が教えてくれたことだった。


だから私はもう、

無理に前だけを見て生きようとは思わない。

時々、後ろを振り返って、

あの子の手を取って歩いていけばいい。


いまの私は、

あの頃の私を救っているのかもしれない。

でも本当は――

あの頃の私が、ずっと私を支えてくれていたのだと思う。


この手紙は、

そのことを伝えるための“ありがとう”です。



親愛なる、これからのわたしへ。


今のあなたは、

どんな場所で、どんな空を見ているだろう。

相変わらずコーヒーを飲むときは、

香りを確かめてから一口飲んでいるのかな。


私は今、

まだ少し曇りの残る午後に、

こうして未来のあなたへ手紙を書いています。

部屋の窓の外では風が吹き、

カーテンの裾が小さく揺れている。

その音が、まるで時間の呼吸みたいに聞こえるんです。


未来のあなたは、

きっとたくさんの選択を重ねているでしょう。

正しいことを選べた日も、

選べなかった日もあると思う。


でもね、どちらを選んでも大丈夫。

右でも左でもなく、

どちらの道にも“あなたが歩いた跡”が残る。

それこそが人生の形だから。


もし、何かに迷ったときは、

この言葉を思い出して。


「迷うということは、まだ自分を信じている証拠だよ。」


ほんとうに諦めた人は、

もう迷わない。

だから迷えるうちは、

まだ前を向ける。


私はこれまで、

たくさんの「こうあるべき」に縛られてきました。

他人の期待に応えようとして、

自分を後回しにして、

気づけば心が薄くなっていた。


でも今は、

“正しさ”よりも“納得”を選びたいと思っています。

たとえ少し遠回りでも、

自分の気持ちをちゃんと感じながら進みたい。


未来のあなたにも、

どうかその感覚を忘れないでほしい。


未来のあなたへ、ひとつだけお願いがあります。


もし誰かに優しくできなくなった日が来ても、

自分を責めないでください。

人にやさしくできるときもあれば、

ただ生きることで精一杯な日もある。


そのどちらも、本当のあなたです。


かつての私は、

「理想の自分」になれなかったことで

何度も落ち込んでいました。

けれど今ならわかる。

“理想”とは、

遠くに置いて眺めるための灯りなんだ。


そこへ向かう途中のあなたも、

すでに光の中にいる。

だから、焦らなくていい。


もし未来のあなたが、

また誰かのために涙を流しているのなら――

その涙を止めようとしないで。

泣くことは、負けることじゃない。

感情が生きている証だから。


そして、泣いたあとはゆっくり眠って、

また次の朝を迎えればいい。

夜明けは、いつだってやさしい。


私は、

この手紙を書きながら気づきました。

「もうひとりのわたし」って、

過去でも未来でもなく、

“いま”という時間の中にもいるんだね。


明日の私は、

今日の私が生み出す。

その積み重ねが、

きっと“私たち”の物語になる。


未来のあなたへ。

どうか、今日を怖がらないで。

間違えても、立ち止まっても、

それはちゃんと意味のある時間です。


生きるというのは、

何かを手に入れることじゃなく、

自分を少しずつ理解していくこと。

そして理解できたぶんだけ、

他人にも優しくなれる。


この手紙を読み返すとき、

あなたは笑っているでしょうか。

泣いているかもしれないね。

でもそれでいい。

感情のすべてが、あなたの証だから。


もし不安になったら、

窓を開けて、

風の匂いを吸い込んでみてください。

世界は、ちゃんとあなたを包んでくれている。


「大丈夫。あなたはもう、ちゃんとここにいる。」


この言葉を、

過去のわたしがあなたに贈ります。


この声が、

あなたの胸の奥で、

そっと灯りになりますように。


敬具。


親愛なる、いまここにいるわたしへ。


――こうしてペンを持つ手を見つめていると、

不思議な気持ちになる。

書いているのは確かに“私”なのに、

まるで誰かの手を借りているような感覚。

きっと、過去と未来のわたしが、

そっと背中を支えてくれているんだと思う。


この世界に生まれてから、

私はずっと“わたし”でありながら、

いくつもの“わたし”を通り過ぎてきた。

笑っていた日も、

泣いていた日も、

全部がこの瞬間へとつながっている。


かつての私は、

「変わりたい」と口にするたびに、

どこか遠い場所を目指していた。

まだ見ぬ“理想の私”を探して、

いまの自分を否定し続けていた。


でも今は少し違う。

変わることよりも、

**“変わってきた自分を見つめる”**ことが

何よりも大切なんだと知った。


過去の私が泣いてくれたから、

今の私が優しくなれた。

未来の私が待ってくれているから、

今の私が歩ける。


そう思うと、

生きることそのものが、

大きな手紙のように感じられる。


朝、目を覚ますたびに、

私は“書きかけの自分”でいられる。

まだ完成していないことに、

焦るよりも感謝をしたい。


完璧にならなくていい。

未完成のままで、

その日を精一杯生きればいい。


もし途中で泣いてしまっても、

それは物語の一部。

誰かに届かなくても、

自分の中で意味を持てば、それでいい。


“もうひとりのわたし”は、

いつも心の奥で静かに見ている。

判断しないで、

責めないで、

ただ見守っている存在。


それが“自己共感”なんだと思う。


自分の中にもう一人の聴き手がいる。

どんな言葉も、

どんな沈黙も、

その人が受け取ってくれる。


だから私は、

少しずつ素直になっていける。

怖がらずに「悲しい」と言えるようになる。

「うれしい」と言葉にできるようになる。

それが、わたしの中の“平和”のはじまり。


夜、窓を開けて外の風を吸い込む。

街の灯りが点々と揺れて、

まるで過去と未来が同時に瞬いているようだ。

その光の中で、

私は小さくつぶやく。


「ありがとう。生きていてくれて。」


それは、過去の私へ。

そして、未来の私へ。

でも一番は――

いま、この瞬間の私自身へ向けた言葉。


「もうひとりのわたし」は、

どこか遠い場所にいるわけじゃない。

心の奥で、いつも呼吸している。

泣きたい夜も、

笑い合える朝も、

その人と共にある。


だから私は、もう孤独じゃない。

手紙を書くたびに、

過去と未来の自分と、

そして“いま”の自分が手をつなぐ。


それが、

私にとっての生きるということ。


明日また、

新しい一日が始まる。

何かを失っても、何かを見つけても、

この対話は終わらない。


なぜなら、

私たちはずっと、

“自分という物語の登場人物”であり続けるから。


だから今日もまた、

ペンを置く代わりに、

こう書いておこう。


「つづく」――と。


敬具。

「手紙シリーズ」を書き始めたころ、

私は“誰かに届く物語”を書こうとしていました。

誰かを励ましたくて、

誰かの心に寄り添いたくて。

でも、書けば書くほど気づいたのです。


――私はずっと、“自分”に宛てて書いていたんだ、と。


過去の自分を責めるように綴った夜もありました。

もう一度立ち上がるために書いた朝もありました。

そしていつのまにか、

「誰かのため」ではなく、

「いまここにいる私のため」に言葉を置くようになっていました。


それは、自分を甘やかすことではなくて、

見捨てずに見つめること。

もうひとりの自分と対話しながら、

“いま”を受け入れていく作業。

それがこの「自己共感編」の核でした。


人は、誰かの言葉で救われることもあるけれど、

本当の癒しは、

“自分の声で自分を救う”瞬間にあるのだと思います。


手紙を書くという行為は、

自分の中に“聴く人”をつくること。

そして、その聴く人こそが、

「もうひとりのわたし」でした。


泣いていた過去の私、

迷いながら進んでいる今の私、

それを静かに見守る未来の私――

その三人が、ようやくひとつになれた気がします。


100通目にたどり着いた今も、

特別なゴールが見えたわけではありません。

むしろ、ここが“はじまり”なのかもしれません。


自分を否定しないこと、

誰かの弱さを許すこと、

その両方を抱えながら生きていくこと。


これからも私は、

言葉を通して自分と会話を続けていくでしょう。

それが私にとっての“生きること”だから。


この手紙を読んでくれたあなたへ。

ありがとう。

あなたがここにいることで、

この物語は存在しています。


どうかあなたも、

あなた自身に優しい言葉をかけてあげてください。

泣いている日も、

笑っている日も、

どちらも“あなたの物語”です。


そして、どうか忘れないでください。


「あなたの中にも、もうひとりのあなたがいる。」


その人はいつも、

あなたの味方であり、

あなたの最初の理解者です。


これで、“自己共感編”は幕を下ろします。

でもこの静かな手紙の灯りは、

これからも小さく、確かに、

あなたとわたしの心のどこかで

揺れ続けているはずです。


草花みおん

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